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カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

2007年03月26日

タミフルこわい?

2007-03-26.jpg

今朝、culiが「タミフルこわ~いっ!」と叫んだ。『nikkeiBP.NET』に掲載されいてる立花隆氏のコラムを読んでのことらしい。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070324_tamiflu/index.html

で、早速読んでみた。コラムで引用されていたソースにもあたってみた。確かにこんな作用があるなら「タミフルこわ~いっ!」である。
が、これは副作用。主作用を考えれば、この先パンデミックが起きそうなH5N1にも効きそうな気もするし(効かないかも知れないけど)、どう捉えればいいのか、難しいところだ。

それにしても、なんで薬って副作用があるんでしょうか……は、おいといて、この副作用、問題は、起きるひとと起きないひとがいることだ。で、「タミフル」の場合、確率はそう高くなくても、重篤な症状に陥る(あるいは、異常行動を起す)ことがあるから「こわ~いっ!」のだ。

薬が効くか効かないか、はたまた、副作用が起きるか起きないか。
「薬は、飲んでみなければわかりません!」
っていう、これをなんとかすればいいような……。

アルコールに強い、弱いも遺伝子でわかるこの時代。この薬に合う合わないっていうのも、体質や遺伝子でわかりそうなものですが……って、まだ無理か。そこまでの体制(個人個人の体質にあった薬選び、治療選びができる技術と医療体制、社会体制)ができるのはいつのことでしょうね。

投稿者 かめちゃん : 02:33 PM | コメント (0)

2006年05月06日

2006年版レッドリスト

2006-05-06.gif ウチの裏には川がある。かなり濁っていて、とても川辺に下りて遊びたい……という気にはなれない。夏になると、魚が腐ったような臭いが漂ってきたりもする。が、この春は、サギやカモ、それに種類のわからない水鳥の姿をよく見かける。昨年、旧い土手を外す工事が行われ、土がむき出しになっている場所(魚が卵を産む場所)が増えたせいだろうか。そのため最近は、今日はどんな鳥がきているかな……と川を眺めるのが楽しみになっている(カラスがいるとゲッ!と思うが)。

 今月初め、2006年版の「レッドリスト」が公表されたというニュースがあった。とうとう、絶滅危惧種に、ホッキョクグマがエントリーしたようだ。生息数は、今後45年間で少なくとも30%減少するという。また、カバも初めてリストに載ったらしい。ホッキョクグマの減少の主な原因は、環境の変化といえるだろうけれど、カバのほうは、乱獲である。生息地であるコンゴ民主共和国の政治的混乱による乱獲(食用や牙が目当て)で、この10年間でなんと95%も減ったらしい。
 ホッキョクグマもカバも、動物園で馴染みの動物。知っている動物が絶滅に瀕していると聞くと、なんともいえない寂しさを感じるものだが、実際は、それだけじゃない。今回、リストアップされた絶滅危惧種は1万6119種。その数は、年々増えている。
 
 都会に住んでいると、出会う動植物の数はたかが知れている。だからこそ(?)、いままでいなかった鳥が飛んできたりすると、うれしいものである。この地域=神奈川県でも、独自の「レッドデータブック」は作成されている(古いけど)。そのリストの絶滅危惧種には、哺乳類では「ツキノワグマ」「スナメリ」「モモンガ」「ヤマネ」の名前があがっている。両生類では、「イモリ」「トウキョウサンショウウオ」「トノサマガエル」。植物になると、絶滅危惧種よりもすでに絶滅した種類の名前が目立つ。

 生物は絶滅していくばかりで、新しい種が生まれることはないんだろうか? とうんざりしてしまう。あ、ウイルスはどんどん新しい種が生まれているか(って、それはイヤ~ッ!)

投稿者 かめちゃん : 12:14 PM | コメント (0)

2006年04月21日

蛇には足があったとな

2006-04-21.gif 旧約聖書に出てくる「エバに知恵の実を食べるようにとそそのかした蛇」には足があった。その行いを知った神様は激怒し、知恵の実を食べたエバとアダムにはエデンの園からの追放の刑を、蛇には手足を奪っての追放の刑を与えた……となにかで読んだ(旧約聖書じゃなくて)。
「どうして蛇には足がないの?」と子どもが親に尋ねたとき、キリスト教徒なら、そんな答えをするのだろうか。が、そうでないなら「昔は足があったけど、進化したのよ」と答えるのだろう。その裏づけ話が、昨日の「YOMIURI ONLINE」にあった。

 アルゼンチンのパタゴニア地方で、9300万年前の地層から、後ろ足のあるヘビの化石が見つかった。これまでも足のある蛇は発見されるも、すべてはかつて海だった場所からのもの。が、今回は、陸だった場所からの発見となり、蛇の陸上起源説が有力になったという。
 陸といっても、地中で生活することが多かったようで、そのために足は不必要となり、いつしか足のない種に進化したのだろうという話である。

 そういう話しを聞くと、以前、仕事で長時間、机に張り付いていると「ずっと座っていると、足に根が生えるよ」と言い合っていたことを思い出す。これはあきらかに「退化するぞ」という意味で使っているわけだが、足を失った蛇は、やはり退化ではなく進化したのだろう。なにしろ、その後、足のある蛇は消え、足のない蛇が生き残ってきたわけだから。しかし、そのメリットがいまいちわからない。ずっと地中生活をしているならまだしもそうじゃない。蛇は石が転がっている地面でも平然と這っていくし、木にだって登る。ずいぶん皮が厚いんだろうが、地上にいるなら、手足があったほうが便利そうだが……。
 と、たぶん、ちゃんと調べれば、その理由もわかるのだろうが、蛇ははっきりいって好きじゃない。なので、蛇に詳しくなってもね……ってところで。

投稿者 かめちゃん : 02:27 PM | コメント (0)

2005年12月30日

いまさら『インディー・ジョーンズ』(その2)

2005-12-30.gif 引き続き『インディージョンズ』。今日は第二弾の『魔宮の伝説』である。昔テレビで観たのはこれだと思うのだが、ストーリーは覚えていなかった。邪教集団の儀式で、燃えたぎる火口に人間のいけにえが捧げられる残酷なシーンだけは印象に残っていたけれど、有名なトロッコのシーンは「なんとなくあったような……」程度。結局、このシリーズは、後にひくタイプの映画ではなく「観てスカッとして忘れる」といったお気楽娯楽映画なのだろう。
 が、トロッコのシーンといい、邪教集団が高山の地下でさらってきた村人(映画では子どもたちだったが)に強制労働させていたりと、どうも『ドラクエV』を彷彿させる。これ、どちらが先? って映画ですね(映画は1984年。ドラクエVは1992年)。ドラクエは影響うけてますよね、絶対。ということは、「観てスカッとして忘れる」という人々だけでなく「観てスカッとしたから自分も創る!」と刺激を受けた人々も少なからずいたのだろう。
 確かに、前作よりもスピード感がありコミカルで、エンターティメントとしては洗練されていたと思う。アクションシーンはアメコミのノリなのだろう。あいかわらず人を簡単に殺しすぎ! だけど、その殺戮方法がマンガチックなのだ。いまのアメリカだとR12がつきそうな気もするが、どうなのだろう。が、暴力よりもインドの扱いが……ひどくない? まあ、この時代はまだ仕方がないのかも知れないけれど、西洋人独特の東洋(=野蛮、非文明)史観がひっかかる。邪教集団だけでなく、村人もゲテモノ系食ってたようだし。映画の舞台は1935年、インドの農村が荒廃し餓死者が後を絶たなかったのは、邪教集団のせいじゃなく大英帝国のせいだぞ……と言ってみる。
 とはいえ、この邪教集団(サギー教)のモデルになった殺戮集団は実際にあった。200年以上(500年以上とも)にわたりインドに巣食っていた強盗教団(サギー、サギズム)である。映画同様、カーリー神(もっとも過激な破壊の女神。シヴァ神の奥さんのひとり)を都合のいいように解釈し、殺人を正当化、神へのいけにえ(本当はだたの金品狙い)で旅人を殺し続けた。19世紀の神秘思想家、ブラヴァツキー夫人の著書『インド幻想紀行』には「イギリスのインドでの功績のトップは、この殺戮集団を完全に抑圧したこと」てなことが書かれていた。
 映画では、この完全に抑圧したはずの強盗教団が復活を狙い、シヴァ神の聖なる石=サンカラ・ストーンを集めていた。インディ・ジョーンズは、盗まれた石と連れ去られた子どもたちを救うために邪教集団の宮殿に向かう……。
 実際のサギーには、イスラム教徒もキリスト教徒(ポルトガル人、イギリス人)も混ざっていたらしい。映画のように、崇拝者はみんなターバン巻いてるヒンドゥ教徒(といっても曲解したカーリー信者)だけではなかったようだ。野蛮なのは、東洋人ばかりじゃないのだよ。
 なお、この殺戮集団の殺し方は絞殺である。映画のように、心臓をわしずかみにして火口に落したりはしない。彼らは道に迷った振りをして旅人に同行し、ひと気の途絶えたところで後ろにまわり、聖なるハンカチで一瞬で締め上げる。相手は気づかないうちにあの世行き(一瞬で殺せるツボがあるらしい。ひょえ~)。この話は以前、インドについて調べていたときに、いくつかの文献で見かけたものだ。イギリス人にとって、サギーはよほど怖かったんだろう。
 前作のアークは聖書に記された歴史上の秘宝だけれど、サンカラ・ストーンはどうなのだろう(知らないのだが)。サンカラというのは混合カースト(カースト制度を乱す=平和を乱すもの)の意味があるらしいが、映画ではシヴァ神から聖石を授けられた高僧の名前となっているようだ。その聖石とは、実はシヴァのリンガ(=男根。シヴァ神の象徴なのです)。ヒンドゥ教では、場所や石などの事物に神が宿るとされており、それが「聖なるもの」として崇拝の対象となる。映画にあった村の人々は、リンガをかたどった石を崇拝していたわけだが、そのような村は現実にもたくさんあるのだろう。ところで、なんで5つ?
 映画では、サンカラ・ストーンは5つあるとされていた。これはなんでなんだろう。シヴァ神は、三つの頭を持つリンガの姿をして現れたりもするようだが……なんで5つ? もともとそういう伝説なのだろうか(原典はなに?)。ちなみにカーリー神は夫であるシヴァ神を踏みつけて現されたりする。暴走した彼女の殺戮行為をとめるため、シヴァはあえて踏まれ役になったとか。多神教の神様たちは、おもしろいですな。
 「観てスカッとして忘れる」はずの第二弾。が、なんで5つ? と疑問が残って忘れられない。ま、今晩、第三弾を観て忘れます。

【参考文献】
『ヒンドゥー教』 山下博司著
『インド幻想紀行(上)』 H.P.ブラヴァツキー著
ほか

投稿者 かめちゃん : 04:04 PM | コメント (0)

2005年11月03日

再生マウス

2005-11-03.gif 久しぶりに『HOTWIRED』のニュースを見ていたら、「切った尻尾も内臓も再生できる遺伝子操作マウス」なんて記事を見つけた。1ヶ月ほど前のニュースなので、テレビニュースでもやったのかも知れないが、なにしろ、ここ2ヶ月、報道系はなにも見てないもので知らなかった。
 記事によれば、「マウスの指を切断し、心臓、肝臓、脳などさまざまな器官に損傷を加えたが、そのほとんどが再生した」そうな。実験とはいえひどくないか? まるでギリシア神話のプロメテウスみたいじゃないか! と怒りも覚えたのだが、しかし、この発見はかなり衝撃的だ。イモリなどの爬虫類では自己再生能力は認められていても、マウスは哺乳類である。しかも、そのマウスの細胞を普通のマウスに注入すると、そのマウスも同じ再生能力を持つようになる。でもって、その子どもは、その能力を受け継いで生まれてくる。ひょえ~。まるで漫画のようである。
 この研究は、当然、人間への応用を考えて進んでいくことだろう。そうなれば、一度損傷したら元に戻らない臓器も、移植なしで自己再生できるようになってしまうんだろうか? 究極、不老不死も夢ではない? 夢のような悪夢のような話である。遺伝子操作技術は、良くも悪くも世界を変えてしまうんだろう。とはいえ、残酷な動物実験はなぁ……。

投稿者 かめちゃん : 10:29 AM | コメント (0)