かめちゃんのBlog
2007年02月20日
今年の大河ドラマ(その2)

昨日、本屋に立ち寄ったら、『NHK大河ドラマ・風林火山』ってな単行本が平積みされていた。ちょっと手に取ってパラパラパラパラ……トコトコトコトコ、そのままレジに持って行ってしまった(ああ、金がないのに衝動買い)。
この本、大河ドラマの脚本をベースにノベライズしたらしい(全4巻。現在発売されているのはまだ1巻のみ)。なんだ、こんな本作れるなら、『新選組!』でも出して欲しかったのに~っ! いまでも遅くありません、出して~……って、遅いか。
2004年から観ている大河。『新選組!』は関連本をかなり買って勉強して観ていたけれど、『義経』と『辻!』は、勉強せずとも、まあそれなりに楽しめた。が、今回は、無理。で、ドラマのアンチョコ代わりにこの本を買って読んでみたものの……やっぱり小難しい(セリフ回しが古風なせい)。でも、ドラマではさらっと聞き流したセリフも活字になっていると、「あ、そういうことね」と納得できる。そうまでしてドラマ観る必要あるのかなぁ……と思いつつも、やっぱり観るんだろうな。
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投稿者 かめちゃん : 01:14 PM | コメント (0)
2007年02月06日
今年の大河ドラマ

『新選組!』から毎年かかさず観ている大河ドラマ。今年の『風林火山』は戦国時代は武田信玄……なんだけど、この時代、ぜんぜん知らないもので、観ていても「このひとだれ?」「ここ、どこの国?」ってな感じでついていけない。
ってことで、とりあえず、井上靖センセイの原作を読んでみた。が、ドラマとぜんぜんちが~うっ! と驚いた。勘助っておじさん(この時代ならおじいさん)じゃん! それにこれでもかっ、ってぐらい醜い描写……。まあ、テレビでも「醜い」とは言っているけど、ゼンゼン醜くないし……。
小説だと、どんなに醜い描写であっても、気にならずに勘助に肩入れできるものなのだが、もし、ドラマも原作どおりの勘助だったら……どうだったろう。自分でもよくわからないので、美化せずにやってみてほしかったなぁ~……などと思ってみたりする。
ちなみに小説は小説。時代背景はほとんど勉強になりませんでした(おもしろかったけどね)。
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投稿者 かめちゃん : 08:13 PM | コメント (0)
2006年02月01日
ドラマ『戦国自衛隊(第一部)』観た
昨年から自衛隊全面協力エンターテイメント作品が相次いでいる。昨年の福井晴敏三部作(?)の映画『ローレライ』『亡国のイージス』『戦国自衛隊1549』に、現在公開中の『男たちの大和/YAMATO』。加えて、なぜか正月ムードも消えた昨日、スペシャルドラマ『戦国自衛隊』(第一部)が放映された。なんでしょう、このサービスぶりは。イラク派遣の支持を得たいから? と勘ぐりたくなるほどである。
『戦国自衛隊』は、原作も読んでいなければ映画も観ていない(2本制作されているが、その2本とも)。が、昨日のテレビは観た。観たけど……荒唐無稽すぎて引いた。いくらSFとはいえ、あまりにも「ありえないだろ!」と突っ込みたくなるシーンが多すぎる。いくらびっくり仰天の状況(四百年前にタイムスリップ~)にあったとしても、訓練された自衛隊員が上司の命令もなしに、むやみに(心の葛藤なしに)攻撃しないでしょ。あんな自衛隊員だったら、不安でしょうがない。おまけに隊長が、怒りに任せて戦国武将と一対一で剣を交えるとは(そんな無謀な指揮官だったら、これまた不安でしょうがない)。ま、その辺は娯楽ドラマだから……とはいえ、自衛隊全面協力。もし、自衛隊員だったら、あんな描かれ方されたら怒る。それとも、内実、あんなもんだよ……ってことなんでしょうか。
まあ、しょせんは視聴率ありきのテレビドラマ。ストーリーがはちゃめちゃでも、ほかで見せ場があればいいのだろう。映画なみのCG合成に、本物の戦車(90式じゃないけど~)やヘリの使用と、技術的演出は非常に派手。これだけで観たくはなる。めずらしく、戦闘シーンも血糊ベタベタだし、藤原竜也も出てるし(ってこれはどうでもいい? あ、そ)。
とはいえ、まだ第一部。原作を読んでいないので、なぜタイムスリップが起きたのか? という部分の謎が残っている(第二部でわかるのかな? わかるよね?)。タイムスリップもので類似している作品として、『タイムライン』を思い出したのだが、あれは某会社の陰謀だった。せめてその部分(タイムスリップの理由)には納得できる設定を望みます。
投稿者 かめちゃん : 01:53 PM | コメント (0)
2006年01月20日
ドラマ『白夜行』(第二話)

東野圭吾氏の原作! ってことで観始めたTBSドラマ『白夜行』。小説はようやく昨日から読み始め、ただいま第四章(十三章まである長編です)。ドラマは加害者の二人の心模様を中心に描いているが、小説は周辺の人々や状況から、二人の関係をほのめかすミステリー仕立てになっている。つまり、主役の二人の心情はまったくみえないまま、ストーリーが進んでいるのだ。
まだすべて読んでいないので、はっきりとはいえないが、このドラマは、客観的に描かれた小説を主観的に描きなおす試みのように思える。つまりは、小説を読み終えた一読者の「いったい、このふたりはなにを考えていたんだろう」「どのように会い、どのような会話をしていたのだろう」といった、想像的主観の上に構成してみたドラマじゃないかと思うのだ(って、まだドラマは第二話、原作は第四章でなにをいうという感じだが)。
で、昨日の第二話。見知らぬ他人として生きていこうとしたふたりが七年目に再会するのだが……残念ながら、「え? もう再会しちゃうの?」としらけてしまった。七年たっているわけだから、「ようやく会えた!」という状況なのに、その感情の流れがうまく伝わってこなかったのだ。図書館でひたすら彼女を待つシーンとか、急行の窓からたたずむ彼を見送るシーンとか……感情の流れを描くシチュエーションはちりばめられていたのに、どうして伝わってこなかったのだろう(演技の問題ではないと思う)。たぶん、主役をふたりにしてしまったから! ではないだろうか。主役ふたりの視点(エピソード)を交互に描くことで、観ている側は、どっちつかずになってしまう。せっかく「主観」で描こうとしているのに、ふたりの視点で追うと、個人的な感情移入が中途半端になり、けっきょく、客観視してしまうことになる。演出的には、亮司(男の子)の回想になっているのだから、彼の視点だけで描いていけば、再会のシーンも、ずっと感慨深いものになった気がする。
もうひとつ、しらけの原因があるとすれば、昨日の日記に書いた『CM化するニッポン』である。こんな本を読んだために、「見えないCM」のことを考えてしまい、ドラマに集中できなかったのだ(なんてこった)。原作にパソコンゲームの話がでてくるのだが、時代的に「アセンブラ~」とか「ベーシック~」とかそんな言語でプログラムされたソフトである。ドラマは原作よりも時代が新しいため、「あのソフトの話はいつ出るかなぁ~。たぶん、Windows用PCソフトになるんだろうなぁ~。提供にWindowsXP(マイクロソフト)とかあったしなぁ。でもXPは最近だから、せいぜい2000で動かさないとなぁ……」なんて考えてしまったり、原作に車名が出てくると「カリーナって、スズキ(提供社)じゃなかったよなぁ」とか……ああ、ホントになんでこんな余計なことを考えているんだ! である。
で、ついでに関係ないことまで思い出した。小説には、商品名がけっこう頻繁にでてきたりする。「白い自家用車」なんて書くより「白いセダン」とか書いたほうがかっこいいし、わかりやすいから(ブランド名を書くことで、持ち主の人物像まで描けるので手っ取り早い)? ……だろうか。いや、もしかしたら、これも、見えない広告として成り立っていたとしたら……。
ある番組で、夏目漱石と万年筆の話を取り上げていた。その中で、丸善の内田魯庵が、夏目漱石に「万年筆の話を書いてくれ」と自社取り扱いの万年筆(オノトだったかなぁ)をプレゼントしたという逸話があった。夏目漱石は、要望どおり、その万年筆を小説に登場させた。そして、日本ではこのブランドが流行した……という話である。これって、見えない広告の元祖だよなぁ……と。うわぁ、もうどうでもいいです。CMの話よ、頭の中から消えてくれ。
ということで次週はドラマに集中できますように。
投稿者 かめちゃん : 12:28 PM | コメント (0)
2006年01月07日
三が日は……(その3)『新撰組!!』
三が日に観たテレビの話を続けますが……世の中はすっかり日常モード。となりのマンション建築現場には人が戻り、仕事がひょろりと舞い込んだりと、もう少しのんびりしましょうよ~(寒いんだから!)といいたくもなる。
さて、今日は『新選組!!~土方歳三最後の一日』の感想。が……これ、元旦のBS-hiで観たので、すでに忘れかけている。「見届けた!」という満足感は十分残っているし、濃度の濃い余韻――舞台を観た後に残るような――はある。それは、土方と榎本のたったふたりのディスカッションが延々つづくというような、舞台的演出のせいかも知れない。ふたりの「降伏か、戦いか」「夢(ロマンチ!)か、現実か」の狭間での真剣なやりとりは、ほかのことをやりながら観ていては、ついていけない。フツーのドラマは、ほかに気をとられていてもついていけるように創られている(ように思う)。言い方を変えれば、正月早々、疲れるドラマだった……ともいえなくもないが。
とはいえ、これは、いうまでもなく2004年の大河ドラマ『新選組!』の続編。なので、大河を観ていなかった人、函館戦争ってなに? って人には面白みがなかったかも知れない。皆様のNHKが、皆様の一部(大河ファン、新選組ファン)のために、正月に特番を打つ……いや、いいことです。日本の皆様すべてが満足するドラマや番組などあり得ないわけで、作り手側が自信を持って「見せたいもの」「創りたいもの」を堂々と送り出していけばいいのです。NHKは視聴率を気にしてはいけません!
視聴率、といえば、同じ三谷作品の『古畑任三郎~ラストダンス』で、犯人だった脚本家に三谷氏の愚痴とも思える発言――視聴率なんて気にせず、いいものを創りたい――をさせていたのが笑えた。ブログを観ていると、正月ドラマの視聴率の比較を書いている人がけっこういる。なぜ創り手側でもない視聴者がそんなものを気にするのか。一億総、広告代理店ですか? と問いたくもなる。たぶん、自分の支持する番組に、自分も所属しているような感覚をおぼえるのだろう。
現代社会(インターネット社会)は、魚の「うろこ」のような小さなコミュニティの集まりのようなもの……ってなことを、社会学者の宮台氏が言っていた。「うろこ」とは、自分が居心地のいい世界、自分が興味のある世界のことで、その大きさは大小さまざまあると思われる。自分が所属している(ような感覚になっている)「うろこ」が、たとえ小さくても気にしないという人もいれば、その大きさがいつも気になる人(視聴率を気にするような人)もいるということだ。
たとえば、『新選組!!』にしてみても、2004年の大河ドラマを放映していたときから、ファンのコミュニティサイトはあちこちにあるし、制作側が番組情報サイトを提供しコミュニティを広げる手助けをしていたりもする。ドラマは観たら終わり……ではなく、ファンや制作者が集う、そんなコミュニティ世界(「うろこ」)で生き続けるのだ。
たぶん、「いいものを創りたい」と思う制作者は、観て忘れられるだけの番組より、小さくてもそんなコミュニティが長く続くような番組を創りたいと思うのではないだろうか。瞬発的に得た視聴率の高さよりも、細くても長く語り継がれていく……ということのほうが、よっぽど価値があるように思えるので……。
(あれ? 番組の感想になってない……)。






