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カメちゃんのお出かけ帳

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かめちゃんのBlog

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2004年01月26日

もとをたどれば

 昨夜はトリ鍋(モルが鶏を食べるか! というつっこみはしないよ~に)。
 で、食卓に鍋を持ってきて、最初に言った言葉は「これは千葉産だから安心だよ」だったんだ。鍋の中身を見たみんなの顔が、一瞬ひきつったような気がしたものだから、ふいっとそんな言葉がでちゃったんだろうな。もし「どこの肉かはわからないよ」なんて言ったら、だれも手をつけなかったかも知れない(そうしたほうがひとりじめできたかな?)
 肉も魚も野菜も加工品も、いまでは「ぼくはどこどこ出身!」と、はっきり原産地が明記されるようになったよね。それでブランド化して売り出す食品も増えたみたいだけど、作ったひとの顔が見えるようになることは、大切なことだと思うよ。
「この鶏、この酪農家のひとが育ててくれたんだ」とか「その後、この鶏肉がぼくの手におさまるまでに、どれだけの人の手を経たんだろう?」と、ちょっぴりでも想像できたらいいと思うからね。
 そういう「もとをたどって考えること」の大切さを教えてくれたのは、吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』っていう岩波文庫の主人公、コペルくんだ。これは1935年から37年に書かれた時代を感じさせる本(おまけに作者は雑誌『世界』の初代編集長!)だけど、内容は古くないし、児童文学だから、とても読みやすい。
 コペルくんは、毎朝のむ牛乳に対して「この牛乳がぼくの手におさまるまでに、いったいどのぐらいのひとの手を経ているんだろう」って考え出して、世の中は、分子のような小さな個人が寄り集まり、つながりながらできあがっているんだってことが、だんだんわかってくるんだ。その答えをおじさんとの手紙のやりとりを通して、自分自身でみつけたってところがいいんだよね。
 今日の鍋の鶏肉は、スーパーではすでに裁断されて、鶏の見る影もない。細切れの肉を見て、もとは生きた鶏だってことを感じられるひとは、どれぐらいいるんだろう。そして、食べる自分たちのかわりに、誰かが殺してくれているってことも。
 な~んて考えてたら、食欲なくなっちゃう?

君たちはどう生きるか
吉野 源三郎

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投稿者 かめちゃん : January 26, 2004 02:44 PM

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