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かめちゃんのBlog

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2004年01月28日

動物の世界の動物映画

 いま、沖縄の海でクマノミが乱獲されているんだってね。映画『ファイティングニモ』の大ヒットのせいだってことは観ていないぼくにだってわかる。あらすじは確か人間に捕らわれたニモをパパが助けに行くっていうんじゃなかったっけ? 映画を観てクマノミを飼い始めたというひとたちは、クマノミのパパが助けにくるのを待っているのかな?(観ていないので内容違ったらごめんね)。
 動物を擬人化した物語っていうのはたくさんあって、彼らはみんな人間たちと同じ知覚、感覚、感情、意識をもって行動している(あ、ぼくもね)。もちろん、人間のための物語だからそれでいいんだけど、そろそろ動物の視点から作られた動物ものを観たいって思うんだよね。何言ってんのって? 
 最近読んだ本で『動物と人間の世界認識』(日高敏隆著・筑摩書房)っていうのがあるんだけど、動物が現実として認知している世界と人間が現実と認識している世界はまるで違うってことなんだ。
 たとえばモンシロチョウは赤は見えないけど紫外線は見ることができる(どんな色なんだろう)。それで、メスの羽は紫外線を反射するので、オスはその紫外線を頼りにメスを探すんだ。ぼくたちには同じ白いモンシロチョウでも、モンシロチョウの世界では、オスとメスは違った色に見えているってことだね。だから、モンシロチョウを主人公にするなら、そういう色の世界で映画を作ったらどうだろうって、そんなことだ。え? 面白くない?(ってぼくたち、紫外線見えないじゃん!)
 じゃあ、鶏の親子の話はどうだろう。鶏はひなが危険にさらされると勇敢に助けに行くんだ。感動的だよね。で、ある実験で、姿は見えないんだけど鳴き声(足をひもでつないで動けなくしているのでSOSの声ね)だけが聞こえる場合は、親は一生懸命にひなを助けようとその声のする場所をさがすんだ。一方、親のすぐ目の前にガラスケースにいれられたひなを置いてみる。姿は見えるけど声は聞こえない。すると、すぐ目の前で助けを求めているひながいるのに、親は知らんぷり。つまり鶏は、お互いの姿ではなく、声でコミュニケーションをとっているってことだ。
 ということで、こんなワンシーンはどうだろう。
 人間につかまり危機に陥ったひなが一生懸命鳴き叫ぶ。親鳥が長い旅の果てにようやく見つけて一目散に駆け出してくる。人間は席をはずそうと立ち上がる。よし、助けられるぞ! と思ったら、そいつは逃げないようにと、ひなをガラスケースで囲っちゃうんだ。親鳥はその瞬間、目の前にひながいるのに、どこにいったかわからなくなってしまう。ひなのほうも、いまそこまで来ていたママが急に消えて……って……ダメ? そうだね、書いてるぼくも、つまんなくなってきたよ。

動物と人間の世界認識
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投稿者 かめちゃん : January 28, 2004 02:53 PM

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