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カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

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2004年01月31日

とりこみちゅうにつき

2月2日(月)までは、なにかととりこんでいるから日記が書けないよ。3日の火曜日にまた会おうね! ……たぶん。

投稿者 かめちゃん : 03:01 PM | コメント (0)

2004年01月29日

生きるべきか、アリマセンか

 今朝の『とくダネ!』(フジTV8:00~放送)で、下関の民家から、幕末維新の肖像写真が五十数点出てきたっていうニュースをやっていたよ。大久保利通や大隈重信、それに福田諭吉などなど著名人がいっぱい。なかには誰だかわかんないっていう写真もあるらしい。もし、そのなかに西郷隆盛の写真があったら、大発見になるってスタジオでは騒いでいたけど、確かめる術などあるのかな?(写真じゃDNAわかんないし)。
 ただいまNHKの『新撰組!』にはまっているせいもあって、この時代のことがとっても気になる。まるで日本が開国した当時、好奇心に駆られて我先にと観光にやってきた、欧米の漫遊家のような気分だね。漫遊家たちはガイドブック(何種類か出ていたんだよ)を片手にエキゾチックな日本に夢を膨らませていたんだろう。
 とはいえ、外国人が旅行出来る範囲は非常に限られていたんだ(1894年までね)。つまり、外国人居留地からは出ちゃダメってこと。だから内地旅行を許可されたひと(特別に各地を旅行できる旅行免状=パスポートを持っているひと)以外は、横浜や長崎、神戸などの西洋館が建ち並ぶ日本じゃない日本で、工芸品などのみやげを買って帰っていたんだろう。
 そんな日本じゃない日本のひとつ、横浜居留地に住む西洋人たちは、郷に入っても郷に従わず、自分たちの文化を楽しんでいた。演劇もそのひとつ。この頃の西洋人たちの娯楽といったら、これだ(まるでローマ帝国のどのコロニーにも、円形劇場があるようなもの?)。彼らはゲーテー座という劇場を作って、有志を募って自分たちによる自分たちのための劇を上演していたようなんだ。
 居留地という郷に入ったのは日本人のほうで、ウソかホントか、日本人による『ハムレット』が上演されていたっていう記事(1874年1月号掲載)が、ワーグマン(イギリス人)の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』に描かれている(『ワーグマン日本素描集』より)。
 なんとハムレットは侍! そして、あの有名なセリフ「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ(To be or not to be that is the question)」をこともあろうに「アリマス、アリマセン、アレハナンデスカ」と訳していたっていうんだから、目も当てられない。
 この「アリマス、アリマセン」っていうのは、ハマことば(横浜で使われていた新語)の別名でもあって、外国人がこの日本語さえ知っていれば問題なし! という便利な言葉なんだそうだ(『ハマことば』より)。いまでいう「どうも」みたいな位置づけじゃないのかな。そう考えると、これはワーグマンが勝手に訳しただけじゃないのぉ? って疑いたくなる。その演劇好きの外人さんたちが、知っている日本語を使ってパロディを演じた……なんて気もするんだけど、真相は残念ながら、わかっていないみたいだね。

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投稿者 かめちゃん : 02:55 PM | コメント (0)

2004年01月28日

動物の世界の動物映画

 いま、沖縄の海でクマノミが乱獲されているんだってね。映画『ファイティングニモ』の大ヒットのせいだってことは観ていないぼくにだってわかる。あらすじは確か人間に捕らわれたニモをパパが助けに行くっていうんじゃなかったっけ? 映画を観てクマノミを飼い始めたというひとたちは、クマノミのパパが助けにくるのを待っているのかな?(観ていないので内容違ったらごめんね)。
 動物を擬人化した物語っていうのはたくさんあって、彼らはみんな人間たちと同じ知覚、感覚、感情、意識をもって行動している(あ、ぼくもね)。もちろん、人間のための物語だからそれでいいんだけど、そろそろ動物の視点から作られた動物ものを観たいって思うんだよね。何言ってんのって? 
 最近読んだ本で『動物と人間の世界認識』(日高敏隆著・筑摩書房)っていうのがあるんだけど、動物が現実として認知している世界と人間が現実と認識している世界はまるで違うってことなんだ。
 たとえばモンシロチョウは赤は見えないけど紫外線は見ることができる(どんな色なんだろう)。それで、メスの羽は紫外線を反射するので、オスはその紫外線を頼りにメスを探すんだ。ぼくたちには同じ白いモンシロチョウでも、モンシロチョウの世界では、オスとメスは違った色に見えているってことだね。だから、モンシロチョウを主人公にするなら、そういう色の世界で映画を作ったらどうだろうって、そんなことだ。え? 面白くない?(ってぼくたち、紫外線見えないじゃん!)
 じゃあ、鶏の親子の話はどうだろう。鶏はひなが危険にさらされると勇敢に助けに行くんだ。感動的だよね。で、ある実験で、姿は見えないんだけど鳴き声(足をひもでつないで動けなくしているのでSOSの声ね)だけが聞こえる場合は、親は一生懸命にひなを助けようとその声のする場所をさがすんだ。一方、親のすぐ目の前にガラスケースにいれられたひなを置いてみる。姿は見えるけど声は聞こえない。すると、すぐ目の前で助けを求めているひながいるのに、親は知らんぷり。つまり鶏は、お互いの姿ではなく、声でコミュニケーションをとっているってことだ。
 ということで、こんなワンシーンはどうだろう。
 人間につかまり危機に陥ったひなが一生懸命鳴き叫ぶ。親鳥が長い旅の果てにようやく見つけて一目散に駆け出してくる。人間は席をはずそうと立ち上がる。よし、助けられるぞ! と思ったら、そいつは逃げないようにと、ひなをガラスケースで囲っちゃうんだ。親鳥はその瞬間、目の前にひながいるのに、どこにいったかわからなくなってしまう。ひなのほうも、いまそこまで来ていたママが急に消えて……って……ダメ? そうだね、書いてるぼくも、つまんなくなってきたよ。

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投稿者 かめちゃん : 02:53 PM | コメント (0)

2004年01月27日

汚れた川の鴨

 ウチの裏には川があるんだ。幅は50メートルほどの、わりと大きな川なんだけど、流れはほどんどなく、青緑色によどんでる。おまけに夏場は、けっこうどぎつい匂いを運んでくるんだ。もし、大きな地震が起きて(関東大震災のときのように)火から身を守るために川に飛び込まなくちゃならなくなったら、はたして飛び込めるかなぁ、と真剣に悩んじゃったりもする。
 その川に、丈夫だけどみすぼらしい鋼鈑の橋がかかっていて、普段は、あまり人は通らない。というのも、その数十メートル先には立派な道路橋があるし、この地域は車社会だから、この橋を歩いているのは、向こう岸のバス停に行く通勤客ぐらいだ。それと犬の散歩をしているひとかな。あとジョギングと(けっこういるじゃん!)
 これは数日前の話しになるけれど、その人気のない橋の上に、黒い人だかりが出来ていたんだ。子どもたちにおとうさん、それにお年寄りたち。なかには双眼鏡を持っているひとまでいる。みんな橋の欄干に手を突いて、川をのぞき込んでいるんだ。
「もしかして、たまちゃん?」
 なんて一瞬思ったけど、さすがにこんなところに来られるわけがない。それじゃあ、なに? ヘドロにも住める新型生物?
 橋の上に行くと、川をのぞき終えたおばあちゃんに、なにがいるのか聞いてみたんだ。おばあちゃんは、ちょっとがっかりした感じで「鳥だよ、鳥。あんなのいつでもいるよ」と言ってさっさと橋を降りていってしまったんだ。
 なんだ、鳥かぁ……。確かにカラスとスズメはいっぱいいる地域だけど……なんて思いながら、ひょいっとのぞいてみたら、なんと、青い首をした鴨が一羽、汚い川面で羽を休めていたんだ。
「わっ! 鴨!鴨!鴨!」
 正直言って、びっくりしたよ。鴨にびっくりしたというよりも、おばあちゃんの言葉にだ。いつもいる? この川に?
「気にしてないと目には入らんのだよ」とどこかのおじさんの声。そのおじさんも、なんだか見慣れているとでも言いたげだった。
 この町に来てから五年目。裏の川は死んでいると決めつけて、いままで川を見ようとしてこなかった。長年住んでいるひとたちは、この川とともに生きてきたから、橋を渡る度に、自然と目がいくのかも知れない。だから、この川はまだ死んでないってことがわかっていたんだね。
 この川の河川敷は、荒れ放題の藪。おせじにも美しい風景とはいえないんだ。だけど、その藪の中から飛び立つ小さな鳥もいたんだよ。汚い場所っていうのは、ぼくの勝手な思いこみだったんだ。
 おじさんの言うとおり、見ようと思わなければ見えないものって、たくさんあるんだね。

投稿者 かめちゃん : 02:48 PM | コメント (0)

2004年01月26日

もとをたどれば

 昨夜はトリ鍋(モルが鶏を食べるか! というつっこみはしないよ~に)。
 で、食卓に鍋を持ってきて、最初に言った言葉は「これは千葉産だから安心だよ」だったんだ。鍋の中身を見たみんなの顔が、一瞬ひきつったような気がしたものだから、ふいっとそんな言葉がでちゃったんだろうな。もし「どこの肉かはわからないよ」なんて言ったら、だれも手をつけなかったかも知れない(そうしたほうがひとりじめできたかな?)
 肉も魚も野菜も加工品も、いまでは「ぼくはどこどこ出身!」と、はっきり原産地が明記されるようになったよね。それでブランド化して売り出す食品も増えたみたいだけど、作ったひとの顔が見えるようになることは、大切なことだと思うよ。
「この鶏、この酪農家のひとが育ててくれたんだ」とか「その後、この鶏肉がぼくの手におさまるまでに、どれだけの人の手を経たんだろう?」と、ちょっぴりでも想像できたらいいと思うからね。
 そういう「もとをたどって考えること」の大切さを教えてくれたのは、吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』っていう岩波文庫の主人公、コペルくんだ。これは1935年から37年に書かれた時代を感じさせる本(おまけに作者は雑誌『世界』の初代編集長!)だけど、内容は古くないし、児童文学だから、とても読みやすい。
 コペルくんは、毎朝のむ牛乳に対して「この牛乳がぼくの手におさまるまでに、いったいどのぐらいのひとの手を経ているんだろう」って考え出して、世の中は、分子のような小さな個人が寄り集まり、つながりながらできあがっているんだってことが、だんだんわかってくるんだ。その答えをおじさんとの手紙のやりとりを通して、自分自身でみつけたってところがいいんだよね。
 今日の鍋の鶏肉は、スーパーではすでに裁断されて、鶏の見る影もない。細切れの肉を見て、もとは生きた鶏だってことを感じられるひとは、どれぐらいいるんだろう。そして、食べる自分たちのかわりに、誰かが殺してくれているってことも。
 な~んて考えてたら、食欲なくなっちゃう?

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投稿者 かめちゃん : 02:44 PM | コメント (0)