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2004年02月11日

ドラマリテラシー

 NHKは大変だ。「番組はすべて教育的でなくちゃいけない」らしい。まあ、仮にそうだとしても……。
 マイブームの大河ドラマ『新選組』が、新撰組ファンの一部から批判を浴びているらしい。別に批判されることは結構なことだと思うけど、その批判の内容が「ん?」って感じがするんだ。
「大河ドラマは、史実に忠実であるべきだ!」というのが彼等の主な主張。「たとえ同時期、同じ江戸にいたとしても、近藤、土方と坂本龍馬が一緒に黒船を見に行くなんてことはあり得ない(しかも、桂小五郎と佐久間象山に伴って)」「まだ攘夷一辺倒だった若き龍馬が、黒船の大砲ぶっ放しを見て喜ぶはずがない」などなど。で、ますます「んん?」って感じたのは、これがNHKの大河ドラマだから許せないというのだ。子どもが観て「これが歴史的事実だと思ったらどうする?」と心配してのことらしい。
 確かにこれがドキュメンタリーだったりしたら、ぼくだって批判するだろうね。「証拠をだせ、証拠を。どこにそんな文献がある! 勝手な推測するな!」って剣幕で。でも、ドラマに対してこんなこと言ったら、制作側は困っちゃうと思うよ。
「歴史は起きた事象を述べるだけだが、詩は普遍を述べる」とコリングウッド(英の歴史哲学家だよ)がアリストテレスの『詩学』を引き合いにして言っている(『教養としての歴史学』堀越孝一著)。詩というのを、創作物とするなら、ドラマもこれにあてはまると思うんだ。
 ドラマの役目は、事実を事実として伝えることじゃない。(歴史的)事実(とされること)から現代に通ずる普遍的な事実を伝えることだ。創作者は、すべての成り行きを知っている神の視点に立っている。神様の興味は、過去への伝道にあるんじゃなくて、未来への伝道にあるはずだ。神様だったら(歴史から)何を伝えたい? それを、どう伝えれば伝えやすい?
 それが創作者の腕のみせどころで、観る側は、その腕に対して「なんじゃこれ?」と批判することはできても、「史実と違う」という批判は、そもそもドラマに対して行うことではないと思うんだ。なぜ坂本龍馬を近藤、土方と引き合わせたのか。なぜ大砲を観て喜ばせたのか。その(作者の)意図を読むことが、時代劇鑑賞の醍醐味ってもんじゃないのかな。
 つまり、ドラマを観て歴史を勉強するという姿勢が、そもそもの間違い。それをいうなら、ドラマを観るために歴史を勉強する、でしょ? 大河ドラマを観ることが面倒になるのは、ある程度、その時代を知っていないと楽しめなくなるからだ。知っていると、伏線の張り方やセリフ回しで気になることがたくさんでてきて楽しいけど、ストーリーだけを追っていたら、たぶん、ドラマの展開自体についていけなくなる。「(今年の大河は軽すぎて)視聴者を馬鹿にしている!」とどこかのWEBの掲示板にあったけど、逆だと思うよ。「勉強してから観ないと本当の面白さはわからない」と、いつにも増して、時代や人物の知識を要求しているとしか思えない節があるからね。
 NHKが教育的でなければならないというなら、大河ドラマから学ぶことは「歴史」ではなくて「作品の読み方、楽しみ方」。つまり作品の根底にある「普遍」を読みとること……え? そんなの肩が凝るって? たかだかドラマひとつで? だって「教育的であれ」っていうから……。 
 だから、NHKは大変だ……と思うんだ。

投稿者 かめちゃん : February 11, 2004 04:14 PM

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