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2004年02月27日

オウム一色の一日でした

 なんなんだ? 今日はどこのチャンネルもオウム裁判一色じゃないか……ま、しかたないか。日本史上まれにみる凶悪テロ犯罪首謀者とされる被告の(一審)判決が出される日だもんね(というかもう判決出た)。うーん、どうしよう。ちょっとダークな話題だけど、今日はこれしかないのかな。いちおう日記だし。
「この世界で一番大切なのは、ひとの命なのよ」というのは、小さいときに「これでもかっ!」っていうほど、親からたたき込まれた言葉だ。
「この国はね、国民と約束しているの。この国のひとは、ひとりひとり個人として大切にされ、かれらの命や自由、それに幸せを探す権利は、何よりも尊重されるってね(憲法13条)」
「なのに、国に意義申す! ってことで、この13条に反旗を翻したのがオウム事件なのよ……」なんて話す親は、いるのかどうだかわからないけど、この事件は対国民という国家反逆……なんだよねぇ?
 海外ではオウム犯罪はテロと断定して事細かに分析し、国の安全保障に役立てようとしていると聞いている。だけど、オウムはホントに政治目的でこんなこと起こしたのだろうか? この長い年月をかけた裁判で、いったいなにがわかったんだろう。
 いや、なにも……。
 どうも被害者の方々の話を聞く限り、なにもわからず、怒りとむなしさだけが残っているような感じなのだ。たとえ極刑という判決が出されたとしても、「この事件はいったいなんだったのか?」それがわからなければ、被害者が癒される日はこないだろう。いや、被害者だけじゃない。だれもがこの犯罪に巻き込まれた可能性があるのだから、二度と起きないようにするために、なにがなんでも、真相を明らかにしてくれなくちゃ困る。
 話は変わるが、精神科医の香山リカ氏が『創』(2004.3月号)のコラムで芥川賞作家(若い女性ふたりね)のインタビュー記事からある問題提起をしていた。彼女たちは、ふたりして、こんなことを言っていたというのだ。
「ほんの些細なことがきっかけで、もうそんな世界にいたくない、明るいものの届かない影になってしまいたいと思う時があるんです」「今の若い世代にとって現実とはそれほど生きづらく、かと言って離れることもつかまえることもできない何ものかなんです」
 つまり若者たちの中に「この社会は生きづらい」と感じるなにかがあるということだ。これはいったいどういうことなんだろうと、香山氏も首をひねっている。
 これも関係ないように思うかも知れないけれど、食物アレルギーを持つ子供が増えているという現象も、最近、気になっている。アレルギーというのは身体に異物が入ってきたときに排除しようとして現れる症状だ。受容できない異物が増えてしまったってことは、イコール受容できるものの範囲が狭まってしまったってことになる。この身体の拒否反応(という現象ね)が、いまの社会を暗示しているようで、なんとなく不思議なんだよね。
 いまはすっかり更地と化した美しい富士山麓の村の一角。かつてそこに、「この社会は生きづらい」と感じた若者たちが、自分が受容できるなにかを探して集まっていた。そして同じ価値観(彼等にとっては絶対的な)を抱く仲間たちのなかで「生きやすさ」を見いだしていた……のかも知れない。違う価値観という異物を排除することで得る居心地のよさ。だけど、こんな狭い地球、否、日本の中で、そんな都合のいい居場所を確保できるわけがない。
 イスラエルはパレスチナという異物を排除するために、現在、大きな壁を築いている。これも大きな意味では「生きやすさ」という居場所をめぐっての対立じゃなかろうか。「他者(異物)と共存するよりは消去(殲滅)。だけど、それが非難されるなら壁を作って断絶するしかない」……(他の意図があるとしても)たいがい、そんなとこなんだろう。
 今日の報道はオウム一色。その情報の嵐を観ていて、なんとなく次の言葉がよぎったよ。
「人間集団をひとつにつなぎとめるのは、メンバーの間に生まれる感情の絆、一体感なのです」(『ヒトはなぜ戦争をするのか~アインシュタインとフロイトの往復書簡』のフロイトの言葉)……どのチャンネルも同じ情報を大量流出する目的は「日本人よ、心をひとつにしてテロ集団を許すな!」ってことなんだろうか? いや、ただの視聴率狙い……だろうな。

投稿者 かめちゃん : February 27, 2004 04:50 PM

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