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カメちゃんのお出かけ帳

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かめちゃんのBlog

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2004年03月16日

オリンピックは誰のもの?

『ハッピー・フューネラル』という中国映画がある。柔らかいタッチのコメディで、中国一のヒットメーカーといわれるフォン・シャオガン監督の作品だ。
 ストーリーは、『ラストエンペラー』のリメイク版を作るために中国ロケに来ていたハリウッドの巨匠・タイラー監督が、突然、意識不明の重体に陥る。倒れる前、タイラー監督は、その映画のメイキングを撮るために呼ばれていたカメラマンのヨーヨーから、中国では、大往生を遂げたときにはそれを祝う「喜葬(喜劇葬式)」という風習があることを聞き、もし、自分が死ぬときはその「喜葬」がいいと話していた。それを遺言と考えたヨーヨーは、監督の葬式をエンターティメントに仕上げるために奔走するのだが……ってな感じの話。
 ほのぼのコメディなので、結論はハッピーエンドなんだけど、ヨーヨーが、その喜葬のための資金を、広告料でまかなおうとするところが、驚き桃の木なのだ。会場の入り口、祭壇、遺体に着せる服や靴にいたるまで広告スペースとして提供。もう、それ自体が喜葬のテイストなのだが、会場はとうてい葬儀なんて言える厳格さはなく、ぎちぎちに文字や写真を詰め込んだ、えげつない立体チラシみたいな状況に陥ってしまうのだ。
 この映画は、急速に資本主義化している中国社会へのパロディなのだろうが、あちこちに貼られた広告看板を見て「最近のオリンピックみたいだなぁ」という感想を持ったのである。
 このところのオリンピックを見ると、古代ギリシアにおける、純粋なアマチュア精神なんて見る影もない。会場どころか、選手のユニフォームも靴も、すべてスポンサーつき。「商業化されたスポーツの祭典に用はなし!」ってわけではないけれど、オリンピック鑑賞には、まったく興味がなくなってしまった。
 昨日、アテネオリンピックのマラソン代表の発表があった。夕方帰ってきてテレビをつけたら、どのチャンネルも、高橋選手の落選インタビューの中継をやっていた。
「おい、こら。ほかにニュースはないんかい」と思いながらも、「これは予想外だったなぁ」とちょっとだけ反省した。
 オリンピックは商業化されたエンターティンメントだと思っていたから、当然ながら、「金メダル二連覇」というお楽しみを秘めた国民的英雄の高橋選手をはずすわけがないとたかをくくっていたのだ。間違いでした。ごめんなさいです。
 いやはや、スポーツは記録と結果の厳しい世界なんだな、と再認識。この精神は大切にして欲しいものだ。しかしまあ、国をあげてのお祭り(?)ということもあって、代表選手選びは大変そうだ。この高橋選手落選の件については賛否両論。昨日からメディアはこの報道一色だ。
「これでもし、メダルをとれなかったらどうするんだ!」なんて全体主義的な思考に陥っている輩もいるようだけど、戦争じゃないんだから、もっと気楽に見守れないものだろうか。考えてみれば、いまや、高橋選手級のランナーは、数多くいるということだ。これを喜ばずしてどうするんだ? それなのに、なぜか代表に選ばれたメンバーの報道よりも、落選した選手の報道に(どのメディアも)時間を多く割いている。これはいったい、どういうことなんだろう。
 常に注目度の高いネタ(人物、現象)を取り上げることが、視聴率や購買数を増やす秘訣……。
 商業化したのは、オリンピック選考会じゃなく、メディアのほうなのだ。第四の権力が、様々なチラシに囲まれているのかと思うと、気が滅入っちゃうよ。

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ドナルド・サザーランド フォン・シャオガン ロザムンド・クワン グォ・ヨウ

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投稿者 かめちゃん : March 16, 2004 05:28 PM

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