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2004年03月18日

プライバシーよ、どこへいく

 ずいぶん前のことだけど「昨日、○○駅にいたでしょ! テレビに映ってたよ」と言われたことがある。そんなところに行った覚えはなかったので、そのひとの勘違いか、記憶喪失にでもなったか、あるいはドッペルゲンガーが現れたか(っているのか?)……のいずれかだろう。
 それにしても、都会の街中を歩いていると、よくテレビ中継している場面に出くわす。明らかに対象物が決まっている撮影なら、ササササッとカメラをうまくさけて歩くことができるんだけど、街をぐるりと映しているカメラを見ると、ドドドドドッと駆け足で逃げなければならない。「そんなの、風景の一部になるだけじゃん」と思うかも知れないけれど、イヤなものはイヤなのだ。
 これは理屈じゃなくて、無差別に映像に切り取られるってことへの得体の知れない嫌悪感なのだ。逆に、嬉々としてカメラに収まるひともいるわけだから、この感覚は個人的なものだろう。これを「肖像権」というプライバシーの侵害と大げさに主張するつもりはないけれど、そこまでイヤだっていうひとも、もしかしたらいるかも知れない。
 大半のひとにとってはどうでもいいことでも、ひとによっては大きな憂鬱のタネになったりする。個人のプライバシーというものは、あくまでその本人の感覚でしか語れないのではないだろうか。
 田中議員の娘さんの記事を載せた『週刊文春』が、出版差し止めの仮処分を受けたというニュースが「言論の自由」vs「プライバシーの尊重」の議論を生んでいる。どういう内容で、どういういきさつでそうなったのか知る由もないけれど、公人の娘ってことだけで、週刊誌ネタにされるのはがまんならないと本人が感じたんだろう。たとえ「なんだ、この程度の記事」とたいていのひとが思う内容であっても、本人にとってはかなり辛い出来事かも知れない。それが社会的に重要なファクターとなりうる内容でない限り(つまりゴシップなら)、当人の気持ちを尊重するべきじゃなかろうか、と思うのだ(ま、いずれにしろ、内容知らないのでなんとも言えないけど)。
 言論の自由vsプライバシー保護という図式はケースバイケースであって、問題が起きる度に、地道に検証するしかあるまい。言論弾圧はもってのほかだが、「知る権利」が優先とばかりに、個人のプライバシーがないがしろにされるのもまた問題だ。
 ウチのマンションには防犯カメラがついている。コレは目的がわかっているし、設置場所もわかっているから、プライバシー侵害だのと思うことはない。犯罪多発地域に防犯カメラが設置されているのも、いたしかたない。だけど、それ以外の空間においてまで「安全のためにカメラを」なんて思わない。まして、便利だからと以心伝心できる「電脳」を埋め込みたいなどと絶対思わないだろう。
 こないだ観た映画『イノセンス』では、未来の公安は、市民のプライバシーを完全に無視していた(人体スキャンや他人の脳に入り込んだり)。「こんな世界はごめんだなぁ」と思っていた矢先、その映画監督が、今月の『月刊アスキー』のインタビューで、イノセンスの世界のような「人間が総サイボーグ化する未来は確定済み」とまで言い切っていたのだ。
 脳を電脳化すれば、言葉など交わさなくても、瞬時に意志疎通できる。それに、姿を消して部屋に侵入することもできる。こんな力を国家権力が握ったら、大変ではないか? 「言論の自由」は「思考の自由」の問題に変わり、「プライベートの尊重」は跡形もなく消えてしまうだろう。というのも、個人の脳がパーツ(能力)入れ替え可能になり、他者の脳とネットワークでつながる世界になれば、個人の概念はデバイスの違いだけになり、「自我」やら「実存」やらソフトウェアの違いなど、意味をなくすに違いないからだ(つまり、思考ですら、パーツの入れ替えひとつで変えることができるだろう=思考の自由の問題も消える)。
 映画では「ゴースト」と呼ばれる「魂のようなもの」の存在があり「思考する自我」を独立させているが、現実には、「魂」のようなものの存在は証明されていないのだ。あるかも知れないけれど、ないかも知れない。技術だけを先行させた世界を描き「未来は確定済み」と断言されても「なんだかなぁ……」である。
 軽く考えれば、意志疎通がすんなりできる世界は便利かも知れない。だけど、そもそも、個人(プライベート)を捨ててまで集団(システム)に同化したいと思うだろうか。権力側にプライベートを覗かれてまで、安全を守ってもらいたいと思うだろうか。
 いや、わからない。プライベートの尊重は、自分と他人は(感じ方、考え方が)違うってことを尊重するってことだ。公人の娘さんのプライベートの問題に対し(内容もいきさつも明らかでない状況で)「大した問題じゃないのに、なにを騒ぐ。それより社会が知る権利のほうが大切だろう」という考えが多いとするならば「もしや、あり得る未来の図?」なのかも知れない。

投稿者 かめちゃん : March 18, 2004 05:32 PM

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