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カメちゃんのお出かけ帳

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かめちゃんのBlog

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2004年03月28日

ぼくのお葬式

 なんと、本物のぼく(カメちゃん)が昨夜、死んでしまいました。
 今月末でちょうど4歳半になるんだけど、4歳を過ぎた頃から、体調を崩していたのだ。病院でもらった薬で復活したものの、同時期、歯を悪くして、エサは水でふやかし、それも食べられないときは、エサをミキサーで粉々にしてシリンジ(注射器)で強制給餌……という状態が続いていたのである。
 半年、よくがんばったものだ。直接の死因はわからないけれど、このところの気温の変化の激しさに、ついていけなかったのかも知れない。「眠ったまま逝っちゃったようです」というほど穏やかだったのが救いではある。
 ということで、カメちゃんの日記は本日にて終了……ってわけじゃない。たとえ生物学的な命は尽きてしまっても、存在の記憶はまだ生きているからね。その記憶がキャラクターのカメちゃんであり、新しい生命だから、この記憶の命が死なない限り、続けていきたいと思うのだ(……たぶん)。
 4歳半は、モルの時間の長さとしてはわりと長いほうかも知れない。ヒトの時間にすれば、なんとはかない命だろうと思えるけれど、時間の長さは、さほど重要じゃない。いちばん重要なのは、「存在した」っていう事実そのものだ。
 昨日、動物には2種類あって、ひとつは野生動物で、もうひとつは家畜化された動物だって書いたけど、家畜化された動物の中にも2種類ある。ひとつは「種」として扱われる家畜で、もうひとつは「個」として扱われる家畜=ペットだ。
 野生動物も、家畜も、ペットも、「存在した事実は消せない」ということでは同等だ。たとえ、誰の目に触れることなく一生を終えた命であっても、存在したことによって、この世界の何かに影響を及ぼしていたんだと思う。そのことについても、同等だ。だけど、ペットだけは、ヒトの記憶の中に生命を宿すことができる。これだけは同等じゃない。特別なことだ。
 実は、シロ、クロの兄弟も、すでに記憶の中の生命だ。この3兄弟のキャラは、実際に存在していたからこそ、まだ生きている。……特別な存在なのだ。
 さて、いつもなら、亡骸は実家の庭に埋めに行くのだが、諸事情あって、いま、実家に帰れないのだ。で、どうしようかと迷ったあげく、ペットの葬儀屋に頼み、火葬してもらうことにした。骨は返骨してもらい、後日、実家の庭(お墓コーナーがある)に埋めに行けばいいと思ったのだ。
 電話して事情を話すと、まず「ご愁傷様です」と丁寧なお言葉をいただいた。思わず「ありがとうございます」と言ってしまったが、こういうときはなんと言えばよかったんだろう(嗚呼、非常識)。
 葬儀屋さんは、車で引き取りにきてくれると言うことだったが、どんなところなのか知りたかったので、こちらから伺うことにした。渡して骨になって返ってくる……じゃ、あんまりだし。
 最初に通されたところは納骨堂だった。犬や猫、ウサギからハムスターまで、あらゆるペットの骨壺がキレイに並んでおり、写真や花で供養していた。中央奥には立派な祭壇があり、そこに亡骸を乗せるように言われて、安置。そして、線香を手向け、合掌。どうやらお坊さんを呼ぶこともできるらしいが、無宗教なもんでそれは、ご遠慮願った。
 手続きは簡単で、
1.合同葬(他の仔と一緒に焼く)か個別葬を選ぶ
2.返骨か納骨か埋葬かを選ぶ(納骨の場合は、納骨堂で供養後、供養観音へ合祀。埋葬の場合は、即、供養観音に合祀)
である。
 火葬の立ち会いもできるようだが、それはお任せすることにして、遺骨が戻ってくるのを家で待つことにした。さらば分身。4年半、ありがとう。その思い出は、しかとこの身に……である。
 渡してから、4時間ほどで返ってきた。骨壺は、きれいな錦の袋に包まれて、豪勢である。媚びを売らない孤高なカメちゃんには、なんともふさわしいではないか。
 ということで、残念ではあるけれど、カメちゃんの精神(?)を引き継ぎ、まだまだ、このサイトでは、ぼく=カメちゃんが、ガイド役を務めていくよ。ん? 日記以外、更新されていないって? ……カメちゃんとは、そういうヤツなのだ。
 合掌。

投稿者 かめちゃん : March 28, 2004 05:52 PM

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