かめちゃんのBlog
2004年03月30日
ネズミ退治のいまむかし
ネズミを見た。しかも、高級住宅街といわれる田園調布で。
母親のマリは、ただいま、カイセン(ダニじゃ)にかかって、病院通いをしている。近所にモルモットを診てくれる病院がないもので、わざわざ電車を乗り継ぎ、田園調布の病院まで通っているのだ。
まあ、お屋敷の多いこと。高い塀に「セコム」のシールがベタッと貼られている家ばかりだ。駐車場には黒塗りの車。お散歩しているワンちゃんたちはみな血統書付き。庭は花であふれ、桜の木まであったりする。所変われば……ですかな、と、そんなお屋敷を見ながら歩いていたら、とつぜん、高い塀の上をザザザッと走る灰色の生き物が! ネズミである。けっこう、でかい。
「ふっ……、高級住宅街でもネズミは出るか」となぜか顔がほころんでしまう。ウチの近所みたいに、野良猫放しておいたほうがいいんじゃないのぉ? なんて思ってしまう。ま、いまどきの猫でも、ネズミをとるならば……の話しだが。
これまで、生で見たネズミはというと、渋谷の飲み屋で壁際を走るネズミと、某駅の線路の上を走るネズミの2匹だった。さすがに飲み屋で見たときはゴキブリを見たとき以上に驚いた。あれ以来、あの店には一度も行ってない。
そういえば、昨日だったかサトウキビ畑でネズミが大発生しているというニュースを見た。毎年駆除対策(どういう対策かはレポートしてない)をとっていたのを、今年は怠ったせいだろうという話しだ。ネズミが畑に現れるたび、棒をもっておっかけるオーナーさんの姿は、まるで人参を盗んだ「ピーターラビット」を追っかけているおじさんのようである。昔も今も、追いかけっこする姿は、同じだ。
ネズミはどうやって駆除しているんだろう。そういう残酷な部分のレポートはなぜかやらない。「大発生した」→「困ってる」という状況だけを、映像とコメントで埋めるだけ。サトウキビをかじっているネズミの映像ばかり流していたら「そんな甘いモノばかり食べて、虫歯になったらどうする」と、ネズミ側の心配をしてしまうではないか。
大発生は、いつか必ず収束に向かう。ただし、畑の作物をすべて食い尽くした後だから問題なのだ。見つけたら、有無を言わせずともかく駆除! ……だが、そんな(ヒトからすれば)極悪ネズミくんも、数百年前までは、裁判を受けていたのだ。刑が決まるのはそれからだ。
その話は、前に紹介した『動物裁判』(池上俊一著)に載っている。中世ヨーロッパでは、ネズミや毛虫などの害虫が大発生し、為す術がなくなると、教会裁判所にそのネズミや虫に対して訴訟を起こすのだ。裁判に勝てば、悪魔払い、あるいは破門といった刑があたえられ、コトは収束すると考えられていたらしい。事実、破門を宣告(ネズミや虫がだよ)されると、ことごとく収束したらしい。ま、自然とおさまる時期まで、裁判をひっぱったってことだろうが。
ここには詳しくないけれど、たぶん、殺しても殺しても収拾が付かない場合、裁判という儀式、つまり神のお裁きに頼るしかなかったのだろう。ジャイナ教のように「虫といえども、殺すべからず」という教えがあったってわけじゃないと思う。ただ、虫や動物も神が創ったもの、という考えは根底にある。
訴えられたネズミや虫には、なんと弁護士がつく。法廷には被告も召喚されるのだが、呼びかけても来るわけがない。時間をかせぐため、弁護士は「短小の足でそんなに速くすすめない」とか「敵の猫が狙っていて遠回りの必要がある」など理由をつけていたらしい。なんだか低学年向けアニメのネタみたいだ。が、彼等はいたって本気。そして、最高刑の「破門」の力を、心底信じていたようなのだ。教会から追ン出されるというのは、この時代、何よりも恐れることだったのだろう。
今思えば滑稽な動物裁判。だけど、「駆除」という言葉だけで、実体を伝えないテレビ報道ばかり見ていると、ネズミも虫も生き物じゃないように思えてくる(あえて知りたいわけではないが、知らないことのほうがよっぽど怖い)。まして、都会にいれば、ネズミが塀を走っているだけでびっくりしてしまうほど、遠い存在になっているのだから。
ヒトと同じように裁判をうけていた中世の動物たちは、いまの動物たちより幸せなのではないだろうか。そんなの知ったこっちゃないって?……ま、そうなんだけどさ。
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投稿者 かめちゃん : March 30, 2004 05:55 PM
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