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2004年04月28日

無駄の意味

 子どもの頃、ごはんを残すと「もったいないでしょ!」とよく怒られた。
「なんでもったいないの? 身体に入る食べ物もゴミとして捨てられる食べ物も、分解されて別の物質になるだけなんだから、かわりないじゃん」と、まじめにそう思っていた。
 今日、鳥インフルエンザで処分された鶏たち(なんと25万羽!)の供養祭が行われたというニュース記事を読んだ。場所は都内の某ホテル。養鶏団体を中心に出席者多数。その中には農水大臣も含まれていた。
 25万羽とは恐れ入ったが、ホテルを借りての供養祭にも驚いた。鶏肉業者は肉をさばいてなんぼの商売をしているのではないのか? 商品となった鶏たちの立場は? いや、知られていないだけで、そんな鶏たちのためにも供養祭はやっているのかも知れない。製薬会社の敷地内には、実験台にされた動物たちの慰霊碑があると聞いたこともあるし。だけど、大臣まで呼んでの大々的な慰霊祭は、どう考えても異例だろう。
 で、ふと「もったいないでしょ!」という母親の言葉を思い出したのだ。なるほど、ヒトは「無駄になること」が嫌いなのだなぁと。たぶん、無駄なことには意味がないと感じるからだろう。
 ヒトの血となり肉となるための鶏の死には意味がある。だけど本来の目的にかなわなかった死には、意味を見いだせないのではなかろうか。そのため、手間暇かけて育てた鶏たちが、まさに無駄死にしてしまったということには、耐えられない苦痛があるのだろう。
「もったいないでしょ!」の母親の言葉にも、無駄に捨てなければならないということ以上に「手間暇かけて料理をしたあたしの努力を無駄にする気か!」という怒りが込められていたに違いない。
 それにしても、どうして「無駄」ということには意味を見いだせないのだろう。アリやハチの世界にも、仕事をさぼって遊んでいるヤツが必ず数匹いるという話を聞いたことがある。秩序を乱し、ブラブラとなにもしていないように見えるアリやハチは、アリ社会、ハチ社会のお荷物なのかも知れない。だけど、そいつらは本当に意味のないことをしているんだろうか。昆虫博士じゃないので、ぜんぜんわからんのだが(たぶん、昆虫博士にも謎だろう)、少なくとも、そんなお荷物な連中も含めて、アリ社会、ハチ社会のシステムが成り立っていることは確かである。
 養鶏場の方々の場合は無駄というより「無益」といったほうがいいだろう。だとすれば、「無益に意味を見いだせるか! これはシステムの破綻だ!」とお怒りになるのは当然だ。しかも、この騒動では無益どころか損失も大きかったに違いない。
 それではなぜ、彼等はそんな無駄死にをし、損失を与えた鶏たちのために、慰霊祭を行ったのだろう。彼らだって犠牲者なのだという純粋な気持ちからだろうか。それとも、「無駄な死を無駄にしないための誓い」なのだろうか。死を悼み、祈ることで、犠牲となった鶏たちに意味を与えるためだろうか。
 人生振り返ってみれば、無駄なことばかりしてきたなぁ、と思えなくもない。だけどそれは、本来の目的からズレちゃった行為に対してそう思うだけで、その無駄なことすべてが「いま」につながっているのである。
「あのショップにかわいいモルモットいっぱいいたよ!」と聞き、電車を乗り継ぎ行ってみたら、モルモットじゃなくハムスターだったという無駄足も(あれはむなしかったが)、「いま」につながる意味を見いだそうと思えば見いだせる。
 数週間前の日記のネタになった警察署のへなちょこ文字の看板を見たのはそのときだったのだ。その無駄足がなければ、あのへなちょこ文字には出会えなかった。
 ……で? それのどこが意味があるわけ? と聞かれれば、「う~ん」と、また意味をひねり出さなきゃいけないんだが、ああ、そうそう、あった、あった。人質になった方々のメッセージの文字(帰りの機内で書いたという手紙)に対し、某テレビ番組のコメンテーターが「文字を見ても稚拙だとわかる」とコメントしていたのを聞き「文字で判断するなら、あのへなちょこ看板を書いた警察官も稚拙なのかい!」と怒り爆発したんだった。
 ……で? それのどこが意味があるわけ? とまたまた聞かれれば、ええっと……。

投稿者 かめちゃん : April 28, 2004 06:44 PM

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