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2004年05月06日

本当のこわさ

 ずっと、見なくちゃと思いながら、躊躇している映画がある。2001年のドイツ映画、『es(エス)』だ。
 これは1971年にスタンフォード大学心理学部で実際に行われた心理実験をモチーフにしている。被験者は新聞広告で募ったフツーのヒトビト。彼等を看守役と囚人役に分けて模擬刑務所の中で2週間過ごしてもらう……という設定だったのだが、実験はわずか1週間で中止。彼等の心理状態がフツーでは考えられないほど過激に変貌してしまったからだ。
 役柄になりきってしまったとうだけなら精神的に後戻りできる。だけど、どうやら役が完全に乗り移った状態になってしまったようなのだ。看守役は支配者のごとく権威を振りかざして攻撃的になり、かたや囚人役は奴隷のように服従的になる。映画は多少、大げさに描いているそうだが、実際の心理実験でも、同じ支配と服従の関係に陥っていく状況が見られたそうである。
 イラク戦争で、アメリカ兵の残虐行為が問題になっている。このニュースを見て、やっぱり『es』を見ておけばよかったと思ったのだ。戦争中の監獄ではこのような支配と服従の関係が簡単に生まれるものなのかも知れない。虐待を行った一部のアメリカ兵が、もともと攻撃的だった、という単純な話しではすまないような気がするのだ。そして、そんな極限な状態に陥れば、どんなヒトだって(自分だって)加害者にも被害者にもなるんじゃないかという怖さを感じるのである。戦争の本当の怖さは、こういう平常では考えられない、ヒトの心理的変貌にあるのではないだろうか。
 米のヘリコプター(アパッチ)から、イラク人を砲撃した映像も衝撃を与えているけれど、あの狙撃兵にしても、淡々と命令されるままに銃口を無抵抗なヒトビトに向けている。たぶん、彼も狙撃兵という役に同調し、個人的な感覚は麻痺してしまっていたのだろう。たぶん、軍服を脱げば、フツーのお兄さん(お父さん)なのだと思うのだ。
 自分が属する集団から与えられた役割をまじめにこなそうとすればするほど、役の性質に同調してしまう。あいつぐ企業の不祥事の裏にもそんな心理的なメカニズムが働いているような気がするのだ。
 それを回避するには、自分が属する集団をもう一回り大きな集団の中に据えてみればいいんじゃないだろうか。家庭という集団の自分は、地域という集団の一員であり、日本という集団の一員であり、世界という集団の一員であり、生物という集団の一員であり……。そうやって集団の幅を広げることで、いまやっていることが正しいことなのか、考える余地ができるんじゃないだろうか。
 自分は○○会社の社員として会社を守る義務がある。だから会社の存続を揺るがすような不祥事は隠さなくちゃならない。だけど、その会社はもっと大きな集団のひとつに過ぎない。その集団の中で、自分の役割はなんだろう。その大きな集団の不利益になることをやってもいいのだろうか……てな感じで。
 ヒトは集団的な生き物だから、集団のことを考えないわけにはいかないだろう。だけど、その集団はひとつじゃないってことは、常に意識していたいものである。でなければ、いつの間にか、小さな集団のたったひとつの役柄に乗り移られてしまうかも知れないからね。
 

投稿者 かめちゃん : May 6, 2004 11:44 PM

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