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かめちゃんのBlog

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2004年08月19日

期待負けするヒトビト

  オリンピック、日本はメダルラッシュで、各メディアは異様な盛り上がりをみせている。そんな中、開催地ギリシアの英雄的選手にドーピング疑惑が持ち上がり、ちょっとした話題になった。
 なんでもその選手は、検査を2度に渡り拒否したあげく、交通事故を起こしたそうな。結局、出場停止になったのだが、この事故はギリシアのオリンピック委員会も知るところのでっちあげではないかというのだ。
 まあ、その真実はどうであれ、このような世界的な大会であれば、不正のひとつやふたつ、行われてもおかしくない。勝負師たちの自己顕示欲が露わになるからということじゃない。期待に負けることへの恐怖が先に立つだろうからだ。
 この話を聞いて、ふと、数年前の考古学研究家の捏造事件を思い出した。「神の手」と周囲に褒めそやされて、その期待を裏切ることが怖くて発掘現場に自ら遺物を埋めていた。彼が守りたかったものはいったいなんだったろう。
 最近のウソ温泉の話もそうだ。儲けを考えてのこともあるだろうけれど、少なくとも、白骨温泉のお湯の色付けは、白いお湯目当ての客の期待を裏切りたくないという思いがあったに違いない。
 自分の目標を達成するためにと思って始めたことが、認知され、成功することにより、徐々に違う方向へと流れてしまう。なによりも重要なのは「ヒトビトの期待に応え、いまの位置(状況)を維持すること」に変わっていく。そして、そこに不安が忍び込むと、「不正」の誘惑に負けてしまう……そんなことじゃないだろうか。
 日本のオリンピック選手たちにも、そんなプレッシャーはあるだろうけれど、インタビューを見ている限り、彼らはまだ、自分の目標のための戦いの中にいるようで安心できる。たとえ負けても「期待に応えられずにごめんなさい」なんてメディアで謝ることなんてないんだぞ! 謝るということは、過ちがあった場合だけ。期待に添えないことは、過ちではないのだ。
 期待は励みになると同時に重石にもなる。親の期待通りに生きようとする子どもたちの苦しみも、似たようなもんだろう。期待をかけられていることと、本来やりたいことにギャップがあった場合……さてどうするか。親に失望されてもやりたいことに向かえる勇気があるだろうか。
 なかったよなぁ……と我が身を振り返ってつくづく。で結局、親の期待に応えられず、自分の目標も達成できずの中途半端な生き方をすることになる。
 ま、これはこれで楽チンでいいのだが、自分に期待がかからないからといって、「メダルとれーっ!」と他人に期待をかけすぎるのもほどほどにするべきじゃなかろうか。
 あ、そうそう、北島選手、200メートル、金メダルおめでとう。取ってくれると思っていたよ……(言ってる先から)。

投稿者 かめちゃん : August 19, 2004 11:42 AM

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