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2004年08月28日

消えゆく旧家

  騒動がおきていたときは、ほとんど気にしてなかったのだが……。
 皇后様の実家、旧正田邸の跡地が「ねむの木の公園」としてオープンしたようだ。いざ、公園になったと聞くと、「なんで昭和のモダン建造物を壊して公園なんかにしたんだろう?」という疑問がフツフツと沸いてきた。この旧家の取り壊しをめぐっては、邸宅の保存を希望する人たちと国との間でひともんちゃくあったのだが、結局、取り壊しは強行されてしまったのだ。
 建造物の老朽という理由なのか、それとも、国土が狭いという理由なのかはわからないけれど、日本の都心部に、古い建物はあまり残っていない(あ、戦争で焼けたのか)。
 子どもの頃(二十数年前)、東京の山の手に住む友人の家に「家を見るため」に遊びに行ったことがある。なんと、彼女の家は、数少ないわらぶき屋根の家だったのだ(戦火はまのがれたのだな)。家にはおばあちゃんとマルチーズの犬がいて、広い土間、磨かれた廊下、高い天井、吹き抜ける心地よい風……とまるで、そこだけ時間が止まっているような不思議な空間だった。
 残念ながら、その数年後には、わらぶき屋根の家は取り壊され、新しい立派な家にかわってしまった。維持するのも生活するのも、いまの社会では難しかったようである。
 ヨーロッパの旧市街には、ほとんど中世からかわってないような街並みが残っている。ヒトビトはそこで生活を続けているのだ。ローマ時代から使われている橋の上を、エンジンを吹かした車が通り過ぎる。街の中心には、何代も前の先祖が通ったであろう教会が、姿を変えることなくたたずんでいる。彼らは歴史とともに現代を生きているのだ。
 日本の都心で生活をしていると、歴史を感じることなどほとんどない。思いを巡らすトリガーがないからだ。
 旧正田邸は、歴史的建造物としては価値がないとの判断で、取り壊しが決まったそうだが、ほんとうにそうだろうか。旧家はそこにあるだけでよかったのではないのか? 今更ながら残念な思いにとらわれた。
 少なくとも、キレイに整備された公園が担う役割は、平凡なものでしかないだろう。

投稿者 かめちゃん : August 28, 2004 11:50 AM

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