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かめちゃんのBlog

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2004年09月19日

畳の歴史

   culiが短期の北京出張から戻ってきた。お土産のパンダの絵のついた中国茶セットをテーブルに置くと、そそくさと和室に行き、畳の上でゴロリン。
「あ~、やっぱり畳はいい!」
 どうやら、ホテルのふわふわベッドが身体に合わず、ほとんど眠れなかったようなのだ。
「中国って畳ないの?」
「あるわけないじゃん。畳は日本の文化だよ」
「へぇ」
 日本の文化は、大陸から入ってきたものを日本流に作りかえて発展してきたモノがほとんどだと思っていたので、畳もそうなのかな~、なんて、なんとなく思っていた。純メイドインジャパンだったのか。そういえば、中国や韓国の映画を観ても、畳の部屋なんて出てこない。おまけに、家の中で靴はいてるし。
 じゃあ、いったいいつ、畳はできたんだろう。WEBや事典で調べてみると、「畳」という言葉が最初に登場するのは、『古事記』(712年)の中巻だとか。そこでの「畳」とは、野生の草を八重に重ねたものを指しているらしい。そもそも「畳」=「たたむ」という意味であり、どうやら、い草だけが「畳」であったわけではないようだ。
 現存する最古の畳は奈良時代、東大寺の正倉院にある聖武天皇の「御床畳」(ごしょうのたたみ)だそうな。檜製の「御床」(寝台)に、マコモ(イネ科の植物)製のムシロのようなものを5~6枚重ねて芯にし、その表面にい草のムシロを、裏面に麻布をあて、周囲に錦の縁をつけたものらしい。
 つまり、畳はベッドだったということだ。
 平安時代になると、貴族の板敷きの間に、置き畳がベッドや座具として置かれるようになった。しかも、身分によって、畳の厚さや、縁の錦の色や柄がきっちりと決められていた。そういえば、百人一首の絵で見たな。皇族はみんな、あでやかな錦縁の畳の上に座っていた。天皇は二枚重ねていたような(裏覚え)。小学校のとき、「カルタクラブ」にいたが、みんな皇族の札をまっさきに「得意札」として覚えていたのは、やっぱり錦ぎらぎらの畳の特権に憧れたからか?
 いまのように、部屋全部に畳を敷き詰めるようになったのは、鎌倉時代から室町時代。しかし、一般庶民の家に広がったのは江戸中期のことで、農村では明治に入ってかららしい。
 一人暮らしをしていた頃は、やっぱり部屋はフローリングじゃなきゃイヤだった。ベッドは高値の花のウォーターベッドにあこがれた。いまは「畳に布団でしょ~」と思っているが、現代の家からは、和室は徐々に姿を消しつつあるという。
 昔、畳はベッドだった。それが部屋の床材へと発展した。ということは、将来、いまのフランスベッドやらウォーターベッドやらジェルベッドを敷き詰めた部屋もできるんだろうか?
 出張から戻ってきて、すぐに、ウォーターベッドを敷き詰めた部屋でゴロリンし、
「いやぁ~、やっぱりウォーターはいい!」なんて……
 そんな部屋、まっすぐ歩けないからムリか。
 
 

投稿者 かめちゃん : September 19, 2004 12:35 PM

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