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かめちゃんのBlog

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2004年10月11日

音楽の街

 ニュースメディアがスポーツをより多く報道するのは、スポーツは「競争」あって、必ず「勝敗」が決まるからかも知れない。たまに映画や音楽の話題もクローズアップされるけれど、その多くは、「祭」という名のコンクールで、その「勝敗」を伝える報道である。
 どんな道でも、その道を進むことが許されるのは、競争に打ち勝ったものたちだけだ。ヒトビトはそんな勝者の姿を見ることで、その道の有様を把握した気になれる。
 昨日、ETVスペシャルの再放送で、昨年秋に行われた『浜松国際ピアノコンクール』のドキュメンタリーをやっていた。浜松出身のculiも知らなかったこの国際コンクールは、3年に一度行われる形で5回目を迎えていた。15年目。culiは知らないわけだ(上京して早何年?)。
 出場者は28歳までのプロを目指す若者たち。全世界で319名の応募があり、ニューヨーク、パリ、ウィーン、モスクワ、浜松でオーディションを行い、そのうち100名が参加資格を得て、本会場で入賞目指して争うのだ。なんとコンクール期間は16日間にも及ぶ。第一次予選から第三次予選までで6名にまで絞られる。ここで入選したものは、プロとしての道が開かれていくようだ。
 番組では、出演者の中からピックアップしたヒトビトの姿を追いながら、予選から本選までの様子を流していた。驚いたのは、その16日間、ほとんど席は埋まっていることだ。誰も知らないような出場者にサインを求める市民たち。ご年配の方も「ロシアの○○氏の演奏が聞きたくて」などと顔をほころばせる。
 なんでも、浜松市のヒトビトは、市民の4人にひとりは、なにかしら音楽関係の仕事についており、老若男女、みな音楽好きで耳が肥えているのだそうな。確かに、浜松の駅に降りた途端、目の前にはピアノ(駅のショーウィンドウにある)。市内には、古今東西の楽器を集めた音楽博物館もある。ま、ヤマハの本拠地ですからな。
 この国際音楽コンクールも、最初は知名度はなかったものの、いまでは世界中のピアニストの登竜門として認知され、出場者のレベルの高さに審査員も驚きを隠せないとか。culi曰く「その背景には、日本のマーケットの旨さがあるから」だそう。売れるプロになるなら、日本人ファンを確保するのが一番! ってことらしい。浜松のヒトビトに認められれば世界のヒトビトに認められる? そのうち、音楽の都ウィーンは返上され、音楽の都・浜松ってことになる日もくるだろうか? さて。
 このコンクール、ドキュメンタリーで見る限り、勝者だけでなく敗者にも非常に優しいようだ。予選落ちしたヒトビトを集めて、審査員と交流できるパーティをひらき、そこで、なぜ落ちたのか、アドバイスを受けることができるのだ。決して勝者を決めて、彼らを称えるコンクールではなく、若いピアニストに経験を与え、エールを送る場なのだ。本当の目的は、むしろそちらなのだろうという気がした。音楽の道には、勝者だけがいるわけじゃない。
 番組では、初めて出場するという、音楽大学の在校生の姿を追っていた。彼は大学ではトップクラスで有望視されていたひとり。しかし、あっけなく一次予選オチ。彼は学校にはいかず、会期中、ずっとコンクール会場につめていた。オチた理由を知りたかったようだ。彼は最後に、その理由を自分なりに見つけたようである。
「誰も、ピアノと戦っていない。自分は格闘技のように戦っていた」と。彼はまだ、年齢的には後2回、出られるチャンスがある。3年後、彼の姿は会場にあるだろうか。覚えていたらチェックしてみよう。
 あ、でも、名前覚えてないや……。

投稿者 かめちゃん : October 11, 2004 01:06 PM

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