MENU
カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

« 小さな音楽会 | メイン | 野焼き »

2004年11月19日

プライバシーか安全か

 一生のうち、凶悪事件に巻き込まれる確率はどのぐらいあるだろう。少なくとも、交通事故に遭うよりも少ないのではないだろうか。
 とはいえ、毎日のように、なんとも許し難い異常な事件が報道されれば、にわかに不安になってくる。自宅には、防犯カメラ、防犯ベル、二重ロック。家族には携帯電話。それでも安心しきれない。日本の安全神話は、ヒトビトの不安に押しつぶされて、いまや形をとどめていないだろう。
 奈良で起きた事件は「これ以上、どうすれば子どもを守れるのだろう」という絶望感を抱かせた。居場所のわかるGPS携帯は、電源が切れていれば、まったくの役立たずだ。こうなったら、分別がわかる年齢になるまでは、送り迎えをかかさず、子ども達だけで遊びに行くことも禁じなければ安らげないという母親もでてくるだろう。
 アメリカで、人体に埋め込む「ベリチップ」なるもの(米粒大のマイクロチップ)が認可された。とはいえ、これは当面、医療目的だけのもので、患者の医療情報のみが保存される。病院でその埋め込まれた場所(腕かな?)をスキャンすれば、その患者の情報が引き出せるのだ。
 この人体埋め込み型チップには、やろうと思えば、GPS機能だって、ほかの個人情報だって保存させることは可能だ。もし、こんなチップが身体に埋め込まれていれば、誘拐された子どもや人質がどこにいるのかも、瞬時にわかったことだろう。ではどうだろう。こんな装置が実用化されたとしたら、自分や自分の家族に埋め込みたいと思うだろうか。
 技術的に可能でも、倫理的、社会的な面から、このチップの医療目的以外での実用化はまだ遠いようだ。まして日本では、話題にすらのぼらない。
 いまでも携帯電話を持つことを好まないヒトビトはいる。「監視され、自由を奪われるような気がして息が詰まる」というようなことでである。人体埋め込みチップなんてことになったら、それこそ監視され、自由を奪われ、操作までされちゃうんじゃないかという疑念を抱いてもしかたあるまい。
 だけど、携帯電話が一気に普及したように、もし、この先、人体埋め込みチップが許可されたなら、それも自然に浸透してしまうのではないかと思えてならない。大抵のヒトにとっては、個人のプライバシーは、安全が確保された後に気になる問題ではないかと思うからだ。たとえ犯罪に巻き込まれる確率がどんなに低くても、いまの世の中を安全だと言い切れるヒトは、そう多くはないだろう。
 もし、人体に情報を埋め込む世の中がきたとしたら、それはどんな世の中だろう。それで安全は確保されるのだろうか。その安全と引き替えに、失うものはないのだろうか。
 確かに、衝撃的な事件報道の後では「ある程度、管理社会になってもいいから安全を!」と思ってしまう。「チップ埋め込み賛成!」とも叫びたくなる。「不安」とは、生活や社会を変えるひとつの手段であり、大きな力となるものなのだろう。ただ、それが正の力となるのか、負の力となるのかはわからない。
 抽象的な議論ではあるけれど「未来の社会をどうしたいのか」、真剣に話し合う時期に来ているような気もする。
 ……って誰と話し合えばいいのだ?

投稿者 かめちゃん : November 19, 2004 01:41 PM

コメント


コメント用ボックス

コメントをお寄せくださる際は、お名前(必須)、メールアドレス(必須)、URLをご記入ください。




保存しますか?