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2004年12月05日

映画鑑賞『ハウルの動く城』の巻

 映画の話の前に、昨晩は風の音があまりにすごくて眠れなかった。ベランダの木々は倒れるし、BSアンテナの設置器具は曲がるし、台風でもないくせに、なんだったのだろう、あの嵐は。
 さて、『ハウル』である。先週、すでに観ていた友人に感想を聞いたら「なんとも言いようがない」という言葉が返ってきた。細かなシーンは説明してくれるのだが、「感想は?」と聞くと「うーん」と考え込む。「まあ、観てみなよ」ってことで、先日、観にいった。
 確かに、昨日は「これは感想書けないかも」と思った。が、1日置いてみると、おでんと同じように、味がじわじわと染み込んできた。実は昨晩はおでんだったのだが、今日の昼に食べた残りのほうがおいしかった~(ってそれは関係ない)。
 原作はイギリスの児童文学作品だ。児童文学……そう、あくまで児童向けなのである。これを忘れちゃいけない。『ハウル』を大人の頭で観ると、つじつまがあっていないとか、安易すぎる展開とか、不満に思うところは少なくない。映画批評サイトをいくつかまわってみたのだが、賛否両論入り乱れていて、「期待通り」「期待はずれ」「ストーリーがわかりやすい」「ストーリーが破綻してる」と正反対の意見が飛び交っている。なんとも、不思議な映画である。
 で1日置いて、子どもの頭で映画を振り返ってみると、『ハウル』はやはりおもしろいのだ。不気味な形の動く城は、その動作を思い起こすだけで楽しい気分になれる。「城はあんなに大きいのに、使われている部屋はほんの少しで、部屋の位置もおかしい。見取り図出せ!」と思うのは大人の頭。そんなことは個人の想像にまかせればいいのである。なにしろ、魔法使いの城なのだ。不条理なことはあるに決まっている。
 てな感じで、この作品は説明不足で不親切な部分が多い。主人公のソフイーにかけられた魔法がとけた理由も、ハウルが闇の世界で何をしていたのかも、国がなぜ戦争をしているのかも説明されてない。制作者の意図は必ずあるだろう。すべて意味づけされているに違いない。しかし、それを作品には押し込めず「そのへんは、自由に想像してください」と突き放しているのだ。
 大人は想像ではなく、推測を好む。作品を読み解こうとするのだ。しかし、この作品を作品の中だけで読み解くには情報が少なすぎる。自分の想像で補わないと作品は完成しない。
 この作品を観ていて、思い出したことがある。トリガーは、動く城の玄関のドア。このドアは、色のパネルを回す度、別の場所につながってしまうのだ。
 子どもの頃、自分の部屋のドアを閉める度に「この部屋だけが別の空間に運ばれちゃうかもしれない」なんて考えていた。閉じられた部屋というのは、子どもにとっては、不思議な場所なのだ。見慣れた窓の景色でさえ、いまいる部屋とは別の次元にあるのかも知れないと思ったりもした。そうやって同じ景色なのに、いつも違うように観ることができたのだ。
 が、大人になったらそんなこと、さっぱり考えなくなった。いや、考えられなくなったのだ。どこにいても現実とつながってしまう。それはまわりの大人たちも同じで「キッチンとリビングは、それぞれ別次元にあるのかもね~」なんて言ったりしたら「大丈夫」とまじめに心配するだろう。
 恋愛ものというから、ターゲットの年齢は高いのかと思ったけれど、これはあくまで子どものためのファンタジーだ。考えてみれば、シンデレラだって白雪姫だって眠りの森の美女だって恋愛ものである。そして、ターゲットの子どもたちは、日本の子どもたちだけではなさそうだ。原作ではずっと悪いまま(らしい)の「荒れ地の魔女」を、悪いだけではないという描き方をするのは、善と悪がはっきりわかれている西洋の価値観へのなぐり込みのように思える。
 さて、今回のこの作品は、世界でどんな評価を受けるだろう。日本でさえ、賛否両論まっぷたつなのだから、好き嫌いがはっきりわかれるかも知れない。評価はどうであれ、作品を発表することが大切なのだろう。多くのヒトに見てもらうことで、彼の考え方も、じわじわと(おでんのように)浸透していくに違いない……たぶん。

投稿者 かめちゃん : December 5, 2004 01:59 PM

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