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2004年12月08日

観劇の季節『ロミオとジュリエット』の巻

 昔、NHKで『シェークスピア劇場』という番組を放映していた。イギリスBBC制作のテレビドラマで、編成はよく覚えていないのだが、シェークスピアの名作の何本かをそれぞれ数回に分けて連続ドラマのようにやっていた(気がする)。
 けっこう気に入って観ていたのだが、内容はほとんど覚えていない。ただ『お気に召すまま』の後編を観損ねてしまい、気になって気になって気になってしかたがなかったという記憶だけはしっかりある。数年後、本屋でその戯曲を手にとり、読もうと思ったのだが……難解なのだ。『シェークスピア劇場』は当然、吹き替えだったわけだが、この独特の言い回しを自然に聞いていたのだろうか? 覚えてない。
 子どもの頃に刷り込まれたイメージはなかなか消えない。なので、いまだにシェークスピアと言えば、この『シェークスピア劇場』なのだ。内容はともかく、そのイメージは残っている。衣装も舞台も、それぞれ作品の時代に忠実だった。
 で、初めて現代版のシェークスピアを観に行った。蜷川氏の『ロミオとジュリエット』だ。だって主演は沖田なんだも~ん! 『新選組!』でハマッた役者さんの劇を観たくてあれこれ予約してみたものの、取れたのはこれだけだったのだ。沖田……じゃなく藤原くんといえば、昨年『ハムレット』で絶賛されていたから間違いはないでしょう! おまけに今度もシェークスピア……と、そのいにしえの『シェークスピア劇場』のイメージを抱いたまま観たのだが……。
 蜷川氏演出の演劇はつい最近、テレビで観た。日記にも書いた気もするが、ギリシアで公演した『オイディプス王』だ。あの演出はけっこう新鮮でよかったのだが……。
 だが、だが……ってことばっかりでなんなんですが、感想を書くのが難しい。ずっと集中して観られたし、けっこう楽しめたのだが、なにかこう、違和感があるのだ。
 まず、年配の役者さんたちはいいのだが、若い役者さんたちは、総じてセリフ回しが早すぎる。声の抑揚や立ち回りや仕草などで情熱は伝わってくるのだが、早すぎて言葉(セリフ)そのものから感情が受け取れないのだ。詞の意味がわからなくても心地よい洋楽を聴いているみたい……だろうか。
 あと、現代風の衣装(ウエストサイドストーリーみたい)の若者たちからシェークスピアの古典的なこ洒落たセリフが出てくるのが、なんとなく、合わない気がしたのだ。かなりセリフは現代風に訳されていたけれど、それでもしっくりこない。
 明治時代、初めてシェークスピアに触れた日本人たちは、「サムライ」のカッコウで演じていた(byワーグマン。前に日記に書いたっけ)。演目が古典であっても、よく知らない国のものであっても、演出は、その時代の自分たちを反映して描かれるのだろう。
 蜷川氏が『ロミオとジュリエット』で描こうとした現代とはなんなのだろう。早いセリフ、三層構造の舞台を息をつく暇なく上下左右に駆けめぐり、感情の向くまま突き進んでいく若者たち。最後に待っていたのは自滅である。それは純粋な愛を貫いた悲恋というよりも、「馬鹿だなぁ、もう! なにやってんの、ふたりして」と怒りたくなるようなそんな展開だった。あ……だからこれでいいのか。この違和感は、現代の若者たちに感じる違和感と同じなのかも知れない。

投稿者 かめちゃん : December 8, 2004 02:00 PM

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