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2005年02月07日

読書の季節『むかし僕が死んだ家』の巻

 タイトルというのは重要だ。昨日本屋にいき、平積みになっている文庫本をチェックして……またしても東野圭吾氏の本を手にとってしまった。
『むかし僕が死んだ家』……これ、タイトルだけで即買い。彼の(いままで読んだ限りの)作品は、SFっぽかったりファンタジーチックだったりするのだが、結末は現実的で、起きてもおかしくないと思わせるものだった。だから、こんなタイトルであっても、ホラーじゃない。じゃあ、この意味はなに? ほらね、タイトルだけで、わくわくしてしまうのだ。
 わりと長編なのだが、3時間程度で読めてしまう。プロローグを読んだ時点ですでにぐいぐいひっぱられ、最後まで一気読み。ストーリーのおもしろさでひっぱられるのは確かだが、彼の文章は、非常に読みやすいのだ。ぜんぜんひっかからない。無駄な動きの表現がないせいかもしれない。
 この小説、主要登場人物はふたりだけ。元恋人の失われた子ども時代の記憶を探るため、山奥の謎の白い家を訪ねる。舞台は、ほとんどその白い家の中だ。そこにあるもので推理していき、封印された恐ろしい過去をつきとめていく。
 ネタバレになるので細かくは書かないけれど、実は似たようなモチーフの小説を読んだことがある(海外物)。だから、序盤でなんとなくこうかな~という推測はできた。それでも引き込まれるように読んでしまう。だからすごい。きっと、ミステリーの裏のドラマも、良くできているせいだろう。なにしろ、切ない話なのだ。さりげない文章の中に、深い人物像を描ききっている。ふたりの推理の中だけで登場する人物たちが、ひとりひとり生きているのだ。つまり、どの人物からも、彼らの苦悩や喜びがヒシヒシと伝わってくる。だから、当然、怒りや憎しみが起きるべき場所で、切なさだけが浮かんでくるのだ。
 一度読んだら十分というエンターテイメント小説ではあるのだけれど、ズシンと残るなにかがあった。なんだろう。優しくなりたいと思うような、なにかだ。
 さて、次は何を読もう。しばらく、東野圭吾氏でいきますかね。


むかし僕が死んだ家
東野 圭吾

講談社 1997-05
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投稿者 かめちゃん : February 7, 2005 02:55 PM

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