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2005年04月26日

脱線事故

2005-04-27.gif 大きな事故が起きるたび、昔観たNHKスペシャル『事故の博物館』を思い出す。これ、映像的にも(当時-1989年-としては)斬新的なアートビデオのつくりをしていた。いまではありがちな演出なのだが、グリーンのコンピュータ画面にアクセスしながら、そこに映し出される映像とホスト役の浅田彰氏の(無感情の)解説で淡々と進んでいく構成で、その画面だけでも印象に残った(古い記憶なので、正確ではないかも知れないけれど)。
 で、思い出す内容というのは「技術的進歩は、それにともなう暗の部分=事故も同時に進化する」ということだ。「進歩」や「発展」という言葉は「よくなる、よくなった」という意味で使われるけれど、その進歩や発展には必ず「事故」という負の部分が内在しており、その負の部分も同時に進化している、ということである。
 馬や馬車の時代であれば、正面衝突事故を起こせば死者は出ただろうけれど、周囲を巻き込む大惨事にはなりにくかった。だけど、車、電車、飛行機の時代はそれではすまない。乗り物の進歩=速度の発展は、その発展と同じ威力の事故を引き起こす。つまり、それに乗り合わせたもの(人数も桁違いだが)だけでなく、周囲(ヒトだけでなく環境も含めて)をも巻き込む大事故を起こしてしまう。科学技術の発展(都市の発展)は、そんな意図しない事故、しかも取り返しのつかない大惨事を起こす力をも拡大させるということを、その番組では説いていたのだ。
 その番組のコンセプトは、ポール・ヴィリリオというフランスの哲学者の思想によるものだそうだけれど、彼の著書は読んだことがないのでそれ以上のことはわからない。ただ、現代の、しかも都市部に住んでいるということは、大惨事に巻き込まれるリスクを抱え込んでいるということを忘れちゃいけないのか、と思ったわけだ。が、普段はそんなこと忘れている。で、今回の電車事故のような惨事が起きたときに思い出すのである。
 突然、自分や身近なヒトが事故にあって、日常が奪われてしまう恐怖。いままさに、そんな恐怖のなかに多くのヒトが身をおいているという事実は辛い。これが発展の代償なのだろうか。噂や憶測ではない真実の解明による防止策を(関係者のみなさんに)お願いするしか、いまのところないんだろうな。

投稿者 かめちゃん : April 26, 2005 11:29 AM

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