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2005年07月31日

どんより……

2005-07-31.gif 日本の夏=終戦の夏……ってなことで、この時期、戦争関連番組が多い。ま、今年は戦後60年なので、特に多く組まれているのかも知れないが、「無知」と「忘却」は平和の敵! 忘れないように繰り返し訴えることは、必要なのだろう。
 とはいえ、 その手のドキュメンタリーを観ると、ものすご~く暗くなる。なので、実はすすんで観ることはあまりない。が、昨晩、観てしまった。NHKのBSドキュメンタリー。タイトルは『子どもたちはペンをとった ~テレジン強制収容所』。強制収容所=ナチスのユダヤ人迫害の話。ああ、重い。だけど、朗読が藤原竜也? へえ……ってことで、ミーハー根性が勝って観てしまったのだ。
 で、案の定、どんより……。が、しかし、いくら「どんより」しても、目をそむけてはいけないのだろう。これはたった60年前に、実際に起きた現実の出来事なのだから。
 テレジンとは、チェコ郊外の町の名前だ。要塞の町だったので、ナチス・ドイツはその造りを利用し、この町自体をユダヤ人の収容所としたそうだ。そこはアウシュビッツなど処刑を目的とした収容所に送るための「通過収容所」であり、毎日、名前を呼ばれた者が、この町から死の収容所へと送られていった。その町の収容人数は、町のキャパシティを越える14万人。そして、生き残ったのは、たった1万人程度だそうな。
 町では、家族はバラバラにされ、子どもと大人、男と女で分けられ、それぞれが集団生活をしていた。このドキュメンタリーは、その町の、13歳から16歳頃までの少年が収容されていたある一室で、密かに発行されていた雑誌『VEDEM』をめぐるものだった。
 編集も投稿も少年たち自らが行う。最初は密かにみんなで回し読みしていただけだったのが、週1回の真夜中の朗読会が恒例となり、いつ、死を宣告されてもおかしくない極限状態におかれた少年たちの生きる糧になっていたようだ。VEDEMとは「僕らが導く」「勝利する」という意味だそうで、彼らの強い意思を感じとれる。
 アンネ・フランクの日記もそうだけれど、どんな恐ろしい状況下でつづられていたにせよ、その内容は決して「暗い」わけではない。ナチスに対する批判的な小説は、感情を押さえ、冷静に自分たちの状況を描いているし、挿絵もメッセージ性が強すぎるものではなく、商業雑誌にあるような、ユニークで技術力のしっかりした絵だ。掲載された投稿も、いまの若者がブログに書いているような、身近に起きたささやかな日常の出来事だったりする。もちろん、同じ日常でも、いまとは比べようもないほど異なる日常ではあるのだが、身近な出来事を「こういうことがあったよ」とそのまま誰かに伝えようとする姿勢は同じだ。
 そんな少年たちの多くも、ある日突然、移送リストに名前が載せられ、死を待つだけの強制収容所へと送られていく。町の中まで敷かれたレールは、ポーランドまで続いている。汽車に乗り込む少年たち、彼らを見送る町の人々(とりわけ家族)の心境を思うといたたまれない。なぜこんなひどい現実が起きたのだろう。いや、いまも理不尽な圧政下に苦しむ人々はいる。ただ、知らないだけで。
 『VEDEM』は、戦後、わずかに生き残った少年たちが大事に隠し持っていたため日の目をみることができた。それは、決して革命的な大それた思想がつづられた雑誌ではない。だけど、そこにはいまの子どもたちとなんらかわらない、等身大の少年たちの声がつまっている。住む国や民族、そして時代に違いはないのだ。

 

投稿者 かめちゃん : July 31, 2005 01:44 PM

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