MENU
カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

« DVD鑑賞『グッバイ・レーニン!』 | メイン | 環境に優しい肉? »

2005年09月19日

DVD鑑賞『ディ・アフター・トゥモロー』

2005-09-19.gif 最近、夜はTVを観ずにDVDで映画を観ている。なんとなくその方が文化的~……ってことではなく、選挙以後、ニュースを観るのがあほらしくなったのだ。ってことで、昨晩は『ディ・アフター・トゥモロー』(2004年・米)を観た。
 この映画は、温暖化の影響で、海流の温度が急速に低下、そのため、地球環境に急激な変化がおき、ほんの数週間で氷河期に突入してしまうという物語。その混乱の数日を描く、よくあるパニック映画だ。が、「温暖化」というのは先のカトリーナ被害をみるまでもなく、現実の問題。海流の温度がいきなり13度も下がるということはナンセンスであったとしても、毎年、小、中、大規模の、おかしな気象が続いているのは確かなことだ。南の国へ集団移動ということだって、いつかは現実味を帯びてくる話なのかも知れない。
 ストーリーは、気象学者が今後起こりうる予測を政府に提出しても、政府は「そんなことあり得ない」と相手にせず、被害が拡大するというおきまりのパターンあり、氷に閉ざされていくニューヨークに、息子を助けにいくという家族愛(これもおきまりのパターン)あり、普段はやっかいもののホームレスが、いざというとき役に立ってくれるという平等精神(これもまたおきまりか)あり、ラストは生き残った人々でがんばって生きていこう! という再生への躍動で終わるアメリカ映画の王道でした。
 正直、このパターンは見飽きた。壊滅する世界を描くのはすでにパターン化されているので、今度はゼロから再生していく「その後」を描いたものが観て見たい。この話でいけば、南の国に移住した先進国からきた人々が、今後、どう折り合いをつけて生きていくのか。たぶん、生存権、覇権をめぐり、大規模な戦争が起きるだろう。環境も氷河期という苛酷な世界を迎えるわけだし。あるいは、人間は種の生存危機を迎えたことで急速に進化し、闘争本能は消え、調和を愛する種に生まれ変わるかも知れない。
 昼間、北極圏で生きる、ホッキョクオオカミのドキュメンタリーを観たのだが、環境にあわせ、本当にうまく進化していた。同じオオカミでも、砂漠に棲むもの、高山に棲むものでは、まったく違う。身体のつくりも、狩りの仕方も、環境が変えてしまうのだ。
 自然環境が身体のシステムを変えるなら、知識や経験といった社会的環境が、(世代間で引き継がれる性質としての)身体システムを変えることはないのだろうか。人権、平等、平和などといった人間社会が生み出した理想は、常に教育で教え込まないと維持できない。それって非効率的ではないか? 本能に刷り込まれてしまえば、つまらない争いなどしなくなるような気がするのだが……というSF映画ないかなぁ。
 それにしても、アメリカはこのような温暖化によるパニック映画を作っておきながら、環境に対する理解がまだまだ足りない。それはパニック映画のおきまりパターンが、教訓ではなく、スリルと感動(?)だけしか与えないからだろうか。ラストの大統領(元、偏屈副大統領)が「いままでの我々の傲慢さを反省し、環境を考えた生活云々」などという安っぽい演説では「よし、明日から分別ゴミだ! クールビズだ!」と、現実に行動しようと思う人を作ることは難しいだろう。

投稿者 かめちゃん : September 19, 2005 10:01 AM

コメント