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2005年11月26日

今頃Nスペ『サイボーグ技術が人類を変える』

2005-11-26.gif 今月はじめに放送されたNHKスペシャル『サイボーグ技術が人類を変える』(レポーター:立花隆氏)を録画で観た(本放送はすっかり忘れていて、再放送は寝てしまった!)。内容は、ひとことで言えば、「脳」=「電気信号で動く機械」であることを(ある程度)証明する技術の紹介である。
 医療への応用としては、人工腕、人工眼、人工内耳など。失われた身体の機能を機械に置き換え、それを神経回路に接続、訓練をつめば脳は適応し、本物と変わりなく動かす(機能する)ことができるようになる(とはいえ、まだ完成された技術ではない)。また、脳(の一部)を機械制御する技術も進んでいる。パーキンソン病やうつ病などの脳の機能障害治療としての応用だ。患者の脳に電極を指し込み、人工的に電気刺激を与え症状を抑えるのである。これまで寝たきりだった患者が自分の足で歩き、馬にも乗れるようなった映像レポートは、明るい未来を約束するような、説得力がある。
 が、明るいばかりではない。負の一面としては、軍事利用。パワードスーツ(装着すれば、人の能力を超えた腕力や脚力が持てる=100キロの荷物も楽々)やロボマウス(脳をコントロールされ、人の思い通りの行動をする実験マウスくん。本能的に恐怖を感じることを快楽を感じるように変えてしまうことで、思い通りに動くようになる)の兵士への応用だ。まあ、アニメやSFの世界では既存の概念なわけで、とうとう現実も追いついてきたか、という感じである。
 技術というのは常に、いい面と悪い面がある。医療や生活向上のために使われたら、ますます便利で快適な人生が待っているだろうし(後で問題が起きることも多々あるが)、軍事や犯罪目的に使われたら、またえらい悲劇が起きるだろう。問題は誰が、何のために、どのように使うかにあるけれど、けっきょく、両面で使われることになるんだろう。それこそ、脳コントロールで全人類の心をお釈迦様のようにしてしまえば、軍事や犯罪に使われることはなくなるかもしれない(お釈迦様だと、いい面でも使わないだろうけど)。でも、そんなことができるわけがないし、そもそも、そんなことしたいだろうか?
 番組の感想を書いたブログやBBSをめぐると、サイボーグ技術の発展にショックを覚え、危惧する人は少なからずいるようだ。が、たとえ、負の側面はあったとしても、個人的には進めるべき興味深い技術だと思う。自分が使いたい、ということではない(もちろん、身体が不自由になったときはわからないが)。ただ、「脳」がいったいなんなのか、知りたいのだ(ただの好奇心ですな)。
 いまは、自分の意思だと思って行動しているけれど、果たして本当に自分の意思なのか、実はよくわかっていない。脳は都合のいいようにもの(感覚や記憶)を解釈するし、しょせん、生物は遺伝子の乗り物だとドーキンスはいっているし。しかし、自分の意思だと思い込んでいることだけは確かである。だとすれば、たとえ「実はあなたの脳には電子回路が埋め込まれており、わたしがコントロールしていたのですよ」と言われたとしても、「でも、これは自分の意思です」と思ってしまうのではないかと思うのである。もし、それがすばらしい人格で、満足している人生だったら、コントロールされていようがなんだろうが、自分の意思だと思えればそれでよし! となったりしないだろうか。醒めない夢なら醒めないほうがいい……ってな感じで。あ、これって、『マトリックス』のテーマ? しょせん、人が考えることって、同じか(これもなにかのコントロールかしらん?)
 ともかく、脳の話は興味深い。番組の最後に、「身体改造で人間の定義が変わるのではないか?」というような問いかけがあったが、たぶん変わらないと思う。生物学的分類については悩むところなのかも知れないが、人間は同じ生物であっても、ほかの動物とは違うと思い込んできたし、「人間は人間」という意識から抜けないだろう。改造人間と非改造人間の間に差別は生まれるかも知れないが。もちろん、遺伝的にどう変わるのかはわからないけれど、それでも意識は「人間は人間」としか思わないんじゃないだろうか。
 また「人間はこの先、どこまでいくのか?」とも問いかけていた。それは、いままでと同じように、想像してSF小説でもアニメでもいいから、描いてみるのが一番じゃないだろうか。その影響で、現実化させようとする人々が、またでてくるわけですからな。

投稿者 かめちゃん : November 26, 2005 03:54 PM

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