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2006年02月19日

TV鑑賞『サイエンスミステリー』

2006-02-19.gif  昨晩はめずらしく観たいテレビが重なった。Nスペ『気候大異変』とフジTV『サイエンスミステリー』。結局Nスペを録画して、『サイエンスミステリー』を観た。
 この番組はシリーズもので、今回は第4弾。遺伝子が原因とされる肉体的or精神的に特異な症状を持つ人々をレポートする番組だ。なかでも、遺伝性早老症の少女のレポートは、シリーズを通して追跡しているものである。現在、彼女は14歳だが、肉体年齢は100歳にもなるそうだ。早老症とは、一般の何倍もの速さで老化が進んでしまう遺伝病。彼女はなかでも、世界に30人程度という非常に稀なプロジェリア症候群のひとりだ。

 早老症については、この番組で初めて知った。ほかにもハッチンソン・ギルフォード症侯群、コケイン症候群、ウェルナー症候群などがあり、どれも非常に稀な疾患である。とはいえ、成人発症型(10~40歳に発症)のウェルナー症候群は、日本人に多い(4分の3が日本人)もので、非常に稀とはいえ、日本人に潜む遺伝子(?)ということになる(『生命はどのようにして死を獲得したか』共立出版参照)。

「老」と「死」は、誰もが関心を持つテーマだ。掲示板などを覗くと、この番組のほかのレポートに比べ、彼女のレポートへの反響は大きい。加えて、彼女の聡明さが心を打つのだろう。命の期限を宣告されれば、誰もが「なぜ自分だけが」と恨みつらみを他人にぶつけずにはいられない。そして一秒でも長く生きようと懸命に治療法を探すに違いない。
 が、彼女は自らの運命を受け入れている。そして「人生は不満を言うほど悪いものじゃない」と同じ症状を抱える人々にメッセージを送っている。そのメッセージは日本の中、高生の心にも届いたようで、番組の掲示板やブログには、彼女と同世代の書き込みが多い。励まされたとの感謝の気持ち、尊敬の念、そして反省の気持ちなどだ。

 もし、彼女と同じ言葉を一般の日本の子どもが言ったら、きっと大人たちは「おまえが人生を語るのは早い。世の中はそんなにいいことばかりじゃないぞ」とたしなめるだろう。もし、100歳を迎える老人が言ったら「あなたは幸せな人生を送ってきたんですね」とうらやむかも知れない。これは、14歳にして老を迎えた彼女の言葉だから重いのだ。彼女は10歳にもならないうちに、自分の老と死について考えなければならなかった。どんなに恐ろしかったことだろう。そして、不満を言うより、不満を言わない生き方をしようと決めた。それは、(レポートを見る限り)特別なことをしようとしているわけじゃない。ほかの子どもたちと同じように、やりたいことには挑戦し、体調が悪ければ無理をしない(=あきらめる)。他人が困っていたら助けるし、困ったら助けてもらう。なんてことない、彼女は家族と友人たちと、ごく普通に過ごしている。そんな平凡な生活の中で「人生は悪くない」と言っているのだ。

 小学生の頃、先生の話だったか、図書室で読んだ本だったかに、ある病院の看護婦さんの話があった。不治の病の女の子が、苦しい治療をうけながらも、英語の勉強を一生懸命にしている姿に心を打たれたというのである。彼女は、身につけようとしている英語を、実際に活かすことができないことを知っている。無意味のように思える彼女の努力に、改めて「生きる意味」を考えさせられたというような内容だった。とても短い話だったが、いまでもときどき思い出す。一緒に「生きる意味」を考えさせられたから……ではない。同じ年齢の子が、母親よりも年上の看護婦さんに「生きる意味」を考えさせた……これは「すごい!」と思ったからだ。
 
 どんな過酷な運命であっても、その運命を素直に受け入れ普通に過ごす。この態度は、子どもであれ大人であれ、有名人であれ、無名人であれ、誰であっても感動させるものなのだ。つまり、与えられた運命を素直に受け入れることがいかに難しいことで、受け入れた後に普通に過ごすことが、どんなに大変かということである。
 この頃、非凡的な生き方(アウトロ~)にあこがれていたことを察したのか、ウチの両親はよく、父「平凡に生きることが一番むずかしいことだ」母「平凡が一番いいのよ」と私に言い聞かせるように言っていた(姉にはそんなこと言ってなかった気がする)。この話は、その意味を少しだけわからせてくれた。

 人間を初め、すべての真核生物は、老からも死からも免れない。これは種が生き残るために獲得した知恵のようだ。事故にもあわず、病気にもならずに生き永らえても、最終的には、自らの遺伝的プログラムで殺される。もう少し長生きさせろよ、と思っても、容赦ない。人はその逃れられない運命を頭では受け入れながらも、たいてい、「死にたくはない」と、じたばたしながら生きている。

 もし、不治の病に倒れたら、その運命を素直に受け入れられるだろうか。1分、1秒でも長くいきたいと、じたばたするだろうか。痛くて苦しかったらたぶん、じたばたはする。長く生きたいというより、とにかく、なんとかしてくれ! ……だろうけど。
 そう思う反面、不老不死は本当に不可能なのだろうか? という興味はある。現代の科学者(とくに工学者かな?)は、この過酷な運命をなんとか変えられないものかと、真剣に考えているように思う。もし、老化のシステムが解明され(テロメアが擦り切れるせい?)、遺伝子の改変が可能になり(倫理的に問題あるだろうが)、老化しない身体がつくれたら、そのとき、人はどう変わるのだろう。
 まず考えられるのは、生殖本能がなくなる。よって性別もなくなり、恋愛なんてナンセンス……なんか、それだけで、つまらない世の中だなぁ……。

投稿者 かめちゃん : February 19, 2006 09:37 PM

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