MENU
カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

« 2006年版レッドリスト | メイン | ファーストフードは肥満の原因? »

2006年05月08日

DVD鑑賞『ヒトラー~最後の12日間~』

2006-05-08.gif 遅ればせながら『ヒトラー ~最後の12日間~』をDVDで観た。原作はヨアヒム・フェストの『ヒトラー ~最後の12日間~』とトラウデル・ユンゲの『私はヒトラーの秘書だった』の二冊。監督はスタンフォード大学で行われた有名な心理実験を元に描いた『es(エス)』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。ちなみに『es』は観たくてしょうがないのだが、観ると神経が参りそうで、躊躇している。
 
 これまでもヒトラーを扱った映画やドラマは数本観た。チャップリンの『独裁者』(1940)、『アドルフの画集』(2002)、『ヒットラー』(2003)などなど。が、どれもアメリカやイギリスなど勝戦国が撮ったものだ。が、この映画は違う。ドイツ人、自らが、史実を元に客観的にヒトラーを描いた作品だ。しかも、撮影場所のひとつにサンクトペテルブルグを選び、多くのロシア人が、エキストラとして参加している。たとえれば、日本が終戦間際の軍司令部の崩壊劇を、韓国(あるいは中国)で撮影するってことになる。そんなこと、逆立ちしたってできやしない。
 この映画を観てまず思ったのは、現在のドイツと日本の違いだった。ドイツはまじめに過去に向き合い、未来を築く努力をしているというのに、日本はいつまでも、ぐずぐずとなにやってんだか。まったく幼稚で情けない(といって、自分でもなにもしていないわけだが)。

 さて、ヒトラーである。彼は世界史上、最悪の独裁者として誰もが認識しているところ。彼が行ってきた蛮行を知れば、許せるはずもない。が、ではなぜ、当時の人々(ドイツ国民)は、彼を熱狂的に支持したのだろうか。
 彼はまれにみる悪魔のような人物だったし、彼をとりまく側近はみな狂人。ドイツ国民はみんな洗脳されていた……ですまされれば、それほど楽なことはない。しかし残念ながら、彼は特殊な能力で人を操る悪魔でも狂人でもなく、普通の人間だった。この映画が描きたかったテーマのひとつは、この世界で起きる悲劇はみんな(自分と同じ)人間が起しているという事実をつきつけることだろう。独裁者や犯罪者を我々とは違う特異な人物として排除していては、いつかまた同じことを繰り返す。

 そしてもうひとつのテーマは、たぶん「知りませんでした……では、済まされない」ということだろう。「知らない」ということは法的には罪ではないけれど、決して許されることではない。確かに、いい訳にはなるだろうけれど、それはなんの救いにもならないのだ。
 秘書だったユンゲの目から見れば、ヒトラーは紳士的で魅力的な人物だった。彼女は決して愚かな女性ではない。ごく普通の22歳、むしろ聡明な女性だったろう。そんな彼女は、当時のドイツ国民の一般人代表ともいえる。彼女は、なんの疑いもなく、当時の政府を信じ、その元で働けることを誇りにしていた。
 が、そんな彼女も、戦後、彼らが行ってきた蛮行を知り「騙されていた」と態度を変える。自分は知らなかった、自分には関係がないと、ずっとそう考えてきたという。たぶん、ドイツ国民の多くも、彼女と同じく自分たちには関係がない、むしろ被害者だという意識があったと思う。しかし、彼女は晩年、その態度は誤りだと気づいた。
「若かったというのは言い訳にならない。目を見開いていれば気づけたはず」
 これは、映画の最後でユンゲ本人が出てきて、反省と警告を込めて言った言葉である。その言葉の裏には、彼女が秘書になった年、同じ年齢の若い女性(反ナチスの非暴力レジスタンス「白いバラ」のゾフィー・ショルのこと)が、反戦ビラを配ったかどで逮捕され、処刑された事実があった。自分と彼女の違いはどこにあったのか……ユンゲは深く考えたに違いない。

 カリスマのある人物……とまではいかなくても、信頼できる(あるいは好きな)人物の元にいると、自分で考えることをやめ、その人物の言動に従ってしまいがちになる。そのほうが楽だし、なにかあったときには、責任をとる必要がないからだ。そして一番やっかいなのは「この人が言っていることだから」と、まず、この人ありきになってしまうことだろう。同じ言動をしていても、好きな人の言葉なら賛成だけど、嫌いな人の言葉なら反対するという矛盾も平気になってしまう。
「信じる前に、必ず、その反対の意見にも耳を貸すこと」「真実なんて豆腐の裏表(=上を向いたほうが表=場合によってコロコロ変わる)」と、昔、父親から、しつこいぐらいに説教された。戦争を知っている世代だからこそ、盲目的に信じ込むことは危険であり、馬鹿馬鹿しいことだと言いたかったのだろう。
「目を見開いていれば気づけたはず」……いまでいうなら、メディアの情報、有識者といわれる人々のコメントを鵜呑みにせず、たえず反証の可能性を自分で考え答えを出していく……難しいし、面倒なことだけれど、そうしなければ、あの時代を繰り返す……重い課題である。

 小、中学生の頃、年に1度か2度の割合で、学校の講堂で映画を観た記憶があるのだが、いまもやっているのだろうか。もし、やっているのなら、この映画は、学校で上映するのにふさわしいと思う。とはいえドイツでは、ヒトラーを正当化したり同情したりする危険があるという理由から、高校生以上でなければ見られない映画に指定されているとか。個人的にはそうかな~? と疑うけれど、そのあたりの規制も、日本はユルユルなせいでしょうか。(しつこいけど)、殺人しまくりの『デスノート』が少年誌に載っている国ですからねぇ……。

投稿者 かめちゃん : May 8, 2006 02:05 PM

コメント


コメント用ボックス

コメントをお寄せくださる際は、お名前(必須)、メールアドレス(必須)、URLをご記入ください。




保存しますか?