かめちゃんのBlog
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2006年06月06日
村上さんの会見
昨日の夕方、久しぶりに地上波テレビのニュースを観た。村上ファンドの村上世彰氏が逮捕前に行った会見の詳細を知りたかったのだ。
が、どの局も、会見の編集映像を数分ほど流した後に(実際の会見は質疑応答まで含め、1時間以上)、ゲストコメンテーターの解説と有識者や街角のインタビューなどで構成。たっぷり30分以上は使っているのに、どうもよくわからない。なぜ彼がインサイダーの罪に問われているのかではなく、なぜ罪を会見で認めたのか……が。
たぶん、編集された映像が短すぎることと、コメンテーターの個人的な意見が邪魔をしてまともに考察できないのだ。頼むから検察側のリーク情報からの憶測だけで、断定的に物を言うのはやめて欲しい。
で、あるブログから、『GyAo』に記者会見の映像がノーカットでupされているとあり、視聴してみた。それでようやく納得した。本当に知りたいニュースは、一次ソースをあたるに限る。
で、彼が罪を認めた理由
「法律の解釈上、インサイダーと捉えることができるから」
つまり、検察の言い分を法律論で考えた結果、その解釈でも成り立つと、プロである自分が判断したから……だそうで。なるほど、そういう流れがあって、「プロ」という言葉が出てきたわけだ。
テレビでは「(たった7年で(ファンドの)プロとは(笑)」みたいな発言があったけれど、法律を作る立場にいた官僚時代を含めての「プロ」なのだ。
また、テレビでは
「(宮内さんから)聞いちゃったといわれれば、聞いちゃっているんですよね」というおどけたような部分をやけに繰り返していて、「なんだこいつ、ふざけているのか?」という印象だけが一人歩きしている。
が、会見を最初から最後まで視聴すると、その印象はがらりと変わる(怖いなぁ、テレビは)。なぜ、闘わずして罪を認めたのかもよく理解できた。ただ、誰もが思うだろう懸念(村上氏も記者も抱いていた)――これが判例となれば、なんでもかんでも「雑談で話しただけで罪に問える」ようになるんじゃないか? という不安はぬぐえない。
まあ、そのあたりをどう裁くのかが、裁判の見所でしょうか。村上氏がたとえ罪だと思っても、罪ではないと司法が判断する可能性もある。また、今日のニュースでは、検察側の見解と村上氏の会見の内容は食い違っているという。そこもまた、争点。で、その食い違いというのは、
村上氏「たまたま聞いちゃっただけ」(その気はなかったがミスを犯した)
検察側「その気にさせて、その気になったのを知ったインサイダー」(確信犯。彼が主犯)
というもの。検察はライブドア陣営中心に証言をとり証拠をつきつけていくようだけれど、果たして勝算はあるんだろうか。彼らの証言を裏付けられるのだろうか。それとも、村上氏はなんらかの物的証拠を残しているのだろうか。拘置所にいるかぎり、今後のニュースは検察側の情報だけが流されるのだろうけれど、決着をつける場所は、裁判所ですからね。
で、気になったのがもう一点。テレビでは、
「金を儲けることって悪いことですか?」
と、村上氏が声を荒げるところをブチッと、これまた繰り返し流している。これはある記者からの質問の答えの最初の一声。ここだけしか見せないと、まるで村上氏が記者に、あるいは世間に問題を提起したように受け取れるが、実は会見の中で、彼は「自分はそうは思わない」とその理由=自分の意見を述べている。
その理由
「(国に)お金が集まれば、いろんな形で使われる」
つまり、高額の税金を納めることで、国や社会へ貢献しているというものだ。しかも、ルールの中で儲けたお金。これがなぜ悪く言われなければならないのか(今回はルール違反をしてしまったが)。
なるほど、それも一理あると思う。たとえ汗水たらして働いたお金であっても、「国(人)にとられるなんて」と金に固執し、私欲を満たすことだけを考えている人や、経済的に満たされているのに、税金を少しでも取り返そうと躍起になる人よりも、好感が持てる。高額の税金を納めることは、それだけ国や社会への貢献度が高いのは事実でしょう。悪いのは正しく税金を使ってくれない役所のほう。
いま『ブッダとそのダンマ』(アンベードカル著)という、インドで復活しつつある仏教のバイブル書(?)といわれる本(新書)を読んでいるけれど、そこで財産を捨てて出家したほうがいいのかを問う金持ちに対し、彼は「富(金)に執着するものはそれによって毒されるが、執着がなければ、富を正しく使い同胞のために尽くしなさい」と財産を捨てて出家するより、そのまま事業を続けろと説得している。
要するに、金に執着するな、正しく使えと言っているだけである。儲けるなとは言ってない。日本人の「金儲けは悪いこと」という意識は、いったいどこからきたのだろう(悪いとは思わないけど、後ろめたい気持ちは、どうしても、あるんだよなぁ~)。
とはいえ、高額納税者の彼は拠点をシンガポールに移してしまった。経営から退いても、拠点は変えないだろうとのこと(税金が~)。そして、村上氏の
「日本は(シンガポールに)負けちゃう」
という言葉が印象に残った。そして、日本に対する嘆きの数々……
「なぜ、日本はチャレンジャーをキックアウトするのか」
「なぜ、税金を払った人を褒め称えないのか」
「(日本は)稀有な才能を持っている人が活きない国」
「(シンガポールに拠点を移した理由として)日本がイヤになってきた気持ちはある」
……まあ、わかる気がする。
村上ファンドの顧客の6割はアメリカの大学財団だそうである。大学財団が金を儲ける理由はこれまた私欲のためとは思われない。誰がどうみても、教育に対する資金。村上ファンドがもたらせた利益で、海外の留学生を無料で招待し、さまざまな研究費に当て、そのおかげもあって、世界に貢献する発見がなされるかもしれない。
彼は日本を本当に捨てるのかな……と思ったけれど、会見の最後、「日本を変えたいか?」という記者の質問にはこう答えている。
「いい国になってほしい。自分がなにができるかを真剣に考える」と。
検察側のいうように、たとえ、この会見にウソがあったとしても、この言葉だけは本心だと思いたい。
投稿者 かめちゃん : June 6, 2006 06:35 PM
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