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かめちゃんのBlog

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2006年06月09日

雑種と純粋種

2006-06-09.gif 子どもの頃、犬が飼いたくて飼いたくて飼いたくて……しかたがなかった。が、親の「もっと大人になってから」という無期限先延ばし政策で、実現したのは「もっと大人になってから」ではなく、「本当に大人になってから」。しかも、数十キロ離れた現在の実家で。
 つまり、実際に飼っていたのは、その家で1人暮らしをしていた姉→後にその家に隠居した両親であって、自分はたま~に遊びにいき、そのとき触れ合う程度。飼った(世話をした)というわけではない。

tarry01.jpg その犬、名前はタリーちゃん(→)。日本犬型の雑種である。犬が飼いたくて飼いたくて飼いたくてしかたがなかった子どもの頃、近所や友達が飼っていた犬もほとんど日本犬型の雑種だった。田舎だったので、野良犬を拾ってきて、その犬が産んだ子どもを里子に出して……という流れが多かったのかも知れない。つまり、「犬を大金はたいて買う」という家は稀だったのだ(少なくともその地域では)。

 いま住んでいる家の裏には土手がある。犬の散歩コースのようで、とにかく、犬を連れた人々によく出会うのだ。その犬のほとんど(というかすべて)は、品種がわかる犬=純粋犬だ。ミニチュア・ダックスフンド、チワワ、ヨークシャ・テリア、パグ、ラブラドール・レトリーバー……。もしかしたら、雑種犬もいるのかも知れないが、見た目ではわからない。

ペットフード工業会のサイトに、飼育率の調査資料がある。それによれば、去年の犬飼育率で、雑種犬を飼っている家庭は約32%、純粋犬を飼っている家庭は約68%とあった。年々、雑種犬の飼育率は減る一方のようだ。なぜ、純粋犬ばかり増えるのだろう。

 まず、野良犬をひろったり、収容所からひきとったり、里親募集でもらったりすることよりも、ペットショップやブリーダーから買う人が多いということだろう。ペットショップに雑種はいない。ただ、血統のわかっている別種の純粋犬同士のミックス犬なら売っている。ちなみに、雑種という言葉を嫌う飼い主さんがいるらしく、最近は雑種とはいわず、ミックス犬というらしい(逆に雑種への偏見を感じてしまうのだが)。

 近所で雑種犬ばかりが目だった子どもの頃、「血統書つき」というと、確かに高級なイメージがあり、あこがれもした。なにしろ純粋犬を飼っている家が少なかったので、その意味でも、純粋犬は雑種犬より価値があるような気がしたのだ。が「血統が良い」=「犬として優良、優秀」という意味ではない。

 あるブリーダーのサイトに、「血統が良いとは、その純粋種のスタンダードに近いということ」と説明があった。ドックショーは、そのスタンダードにいかに近く、また犬種向上しているかを争うものらしい。そしてチャンピオンになった犬がその純粋種のスタンダードになっていくわけだ。

 スタンダードとは、その品種特有の性質――骨格構成とか、毛並みとか、性格などの基準だ。ほえない種の犬なのにほえる犬は血統が悪いし、ほえる種の犬なのにほえない犬なら、どんなにおとなしくて飼いやすそうでも血統が悪い、ということになるのだろう。
「血統が良い」とは、単にその種の基準に近いということだ(ただし、同じ品種の中でスタンダードに近い=優れている、という捉え方はあるのだろうが)。

(例えが悪いのを承知で書くが)、ドックショーが大好きな欧米人から観た「日本人」のスタンダードは、小柄で、髪は黒く、性格は働き者で従順で和を重んじ、いつもカメラをぶら下げている!(ちょっと古いか)……ってところだろうか。つまり、そういうタイプの人が「血統が良い」ということになる。背が高く目鼻立ちの整った超美人や、和を乱し、従来のやり方に常に敵対するようなH氏やM氏のような人は「血統が悪い」のである。

 もし、ホモサピエンスショーなるものがあったとすれば、スタンダードを守り、その性質の向上維持のためにと、異民族との婚姻を禁止し、スタンダードに近い人同士を結婚させることだろう。いや、人々はチャンピオンになるために、自らそう望むかもしれない。人間に置き換えると、なんとも酷い話になる。

「犬と人間は違う」といっても、家柄を重んじてきた歴史があることは確かだし、ナチスがとった政策は、ホモサピエンスショーのためのブリーディングと同じこと。インドではいまだにカーストに縛られているし、宗教の中には、信者同士の婚姻しか認めないところもある。どれも「彼らの信じる血統の良さ」を求めてのことである。

 犬や馬は血統を重んじることで、優良化(犬種向上、馬種向上)に成功してきたというならば、「純粋種は遺伝的に優秀」ということなのだろうか。だとすれば、人間だってそうだろう……そう思う人がいてもおかしくはない。

 だから、なんとなく、ペットの人気が純粋種ばかりに集まる傾向を不気味に思うのだ。たぶん、純粋種に人気が集まるのは遺伝的優劣などを考えてのことではなく、「単純に、その純粋種が好きだから」だとは思う。
 ウチもイングリッシュ種のアルビノモルモットを飼っている(一応、純粋種といえる)。それは、アルビノが単に好きだからだし、おまけに健康どころか、研究用の特別な環境にいたため「長生きできないかも知れない」とまで言われている。でも、たとえ病気がちでもかまわない。いや、できるだけ病気をさせないように努力するばいいだけだ。
 犬の飼い主さんも、たとえ「この純粋種は遺伝的な病気がありますよ」といわれても、好きだったらかまわず飼うに違いない。

 ただ、犬のブリーダーサイトに踊るキャッチ――「血統優秀、犬種向上を第一に、健康で顔も性格もいい子をお届けします」などという言葉は、確かに客の心をつかむような気はする。また、「遺伝的に不良な子孫を作らないためにも、ブリーディングは重要」などという言葉も踊っている。こちらも理解はできる。しかし、納得できるものではない。どうしても、人間に置き換えて考えてしまうからだ。

 ペットは、血統が悪かったり、身体が弱かったり、外見が醜かったり、性格がひねていたら売り物にはならない。でも、人間なら、血統が悪くても、身体が弱くても、外見が醜くても、性格がひねていても気にしない……だろうか。
「もちろん、そういう人たちもいるからこそ、社会が豊かになるんです」――その通りではあるけれど、本当にそういいきれるだろうか。
 もし、そういいきれるのなら、ではなぜ、ペットの世界ではそういいきれないのだろう。人がペットに望むものと、人が人に望むものはまったく別なのだろうか。

 昔は野良犬の子だろうがなんだろうが、気にしなかった。今は半数以上が純粋犬。収容所からひきとることもできるのに、わざわざ高額の犬を買う……。ペットの世界だけのこと?

投稿者 かめちゃん : June 9, 2006 11:03 PM

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