MENU
カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

« Wカップ熱 | メイン | Wカップ2戦目で »

2006年06月18日

映画鑑賞『デスノート(前編)』

2006-06-18.gif どんなに気になる映画でも、公開初日に観ることはほとんどないのだが……観てきた。映画版『デスノート(前編)』。もちろん、早く観たくて観たくて観たくて……ではなく、いつも観にいく映画館で初日舞台挨拶があったから! ……である。どうせ同じ値段で同じ映画館で観るなら……って、単なる藤原オタか(でも、今回は藤原くんよりLに会いたかった……って、単なるデスノオタか)。

 オリジナルが小説(または漫画)で「期待通り!」と満足したものはいまだかつてない(『イージス』とか……泣)。ってことで、『デスノート』も期待せずに観にいったのだが、意外や意外、これがなかなかおもしろかった。
 あのモノローグだらけで丁寧に読まないと理解できない漫画を、よくもここまでわかりやすく構成しなおしたものだと感心する。ぼーっと観ているだけで、ちゃんとストーリーについていける。これなら、原作を知らない人でも楽しめるだろう。「映画には映画のやり方がある」ということを改めて理解した。

 原作のある映画がおもしろくない原因のひとつに、「ストーリーの詰め込みすぎによる急展開」があると思う。そのため、キャラクターの行動描写が中途半端になり、チープな印象しか残らない。監督がまとめた原作のダイジェスト版を観ているようなものだ。
『デスノート』はコミックス全12巻。そのうち、映画(前編)で描かれたのは、3巻の途中まで。たぶん後半は4巻+オリジナルストーリーで完結させるんじゃないだろうか。原作の最後は個人的には好きなのだが、映画は独自のラストを用意するはずだ。もしかしたら、原作とは逆の結果が出るかもしれない。映画はそれでいいと思う。

 とはいえ、やはり原作を読んでしまうと、どうしても比較してしまう。主人公のキャラは、原作のカリスマ的優等生ではなく、(少なくとも見た目は)どこにでもいそうな普通の大学生。また、女性は利用するだけという非情さも、映画では、たとえ利用していても、原作にはみられない苦悩が見える。映画は生身の役者が演じることで、人間味がでてしまい、原作ではことごとく削られていた心の葛藤を描かないわけにはいかなくなるのだろう。だから、漫画のキャラとは変わってしまうのは当然なのだ。が、Lは原作にかなり近いイメージだったので、ちょっと驚いた。とはいえ、後編では出番も多くなるはずなので、やはり人間味が出てくると思う。

 他人の感情を読み取るのは、言葉よりもさりげない表情からだったりする。漫画の実写化が流行っている理由のひとつには、言葉や絵では表現しきれない微妙な感情を、生きた人間の表情で補いたいという思惑があるのだと思う(役者の力量により、逆効果もあるけれど)。

 原作は「これ、ピュアな子どもが読んだら、月の思想に影響されないか?」と少々、心配してしまったけれど、映画は漫画ほど影響力はないと思う。その理由はやはり、月にカリスマを感じないから……である。これはたぶん、意図的だと思う。もし、カリスマを持たせるなら、ノートにはきれいな字で几帳面に描く描写にするだろうし(いくらでも別撮りできる)、そのような演技をさせただろう(近代能楽集の俊徳みたいな。あの演技は人を妙に魅了するカリスマ性を感じさせたので、できないことはないはず)。

 それは原作の月の目標「新世界の神になる!」を「神」とはいわず「革命」と表現したことにも言えると思う。観客と等身大にすることで、影響力を落としたのではないだろうか。
 もし、監督に会ったら(会うわけないが)、その辺を聞いてみたい(あと、原作者にも聞いてみたいと思ったひとこと「ニーチェ好きでしょ?」も。なにげなく、キャンパスで月が読んでいた。やっぱり、影響受けているって思うもんねぇ)。

 で、映画の後編は11月……5ヶ月も先とは! その頃にはきっと前編忘れてますな。

投稿者 かめちゃん : June 18, 2006 02:07 PM

コメント


コメント用ボックス

コメントをお寄せくださる際は、お名前(必須)、メールアドレス(必須)、URLをご記入ください。




保存しますか?