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2006年10月16日

孫を生んだ祖母

2006-10-16.gif ようやく仕事も落ち着いてきたので、ここ数日のニュースなんぞをくぐってみたら……あいかわらず、ため息の出るような話がいっぱい。なかでも、気になったのが、

 臓器売買、中学生のいじめ自殺、代理母の問題……あたり。そのなかでも驚いたのは、孫を産んだ祖母の話である。

 まずは、「そんな高齢(50代後半)でも出産できるんだ!」という生命に関する素朴な驚きがあり、その後「産みの母の影響(体内環境の)は、子どもにどう出るものなんだろう?」という好奇心、で、その後「これって、法的には認められてないよなぁ?」であった。
 でも、言うまでもなく、いちばん社会的に問題視されるのは、最後の法的云々。それを話し合うには、倫理的価値観を統一しないとならないわけで、けっこう面倒な話である。が、早くこのタブーを法的にクリアにして欲しいと願う女性たちは少なくあるまい。

 代理母を認めるべきか認めないべきか。それを考えるとき、あえて、その代理母が人間ではなく、ロボットや他の動物の腹! だったら? ……と考えてみる。もちろん、そんなことは現実的には不可能なのだが、倫理の問題として取り扱うなら、そういう視点も必要でしょう。
 もちろん、ロボットであれば、妊娠中の体内環境のコントロールは万全。その母親の体内に近い環境をつくり、きちんとした栄養分が送り届けられるようになっている。とすれば、自分の腹も他人の腹も痛めずに、また、妊娠を理由に仕事を休まずに、自分の子どもを持つことができるのだ。おまけに、夫がいなくても、精子バンクで自分好みのDNA(?)を持つ精子をチョイスして子どもをデザインできるとなれば?
「は~い、この代理ロボットを利用したいヒト~」と掲げた指に、いったいどのぐらいの女性の指が止まるだろうか(まあ、デザインベービーの話はおいといて)。

 もし、機械から生まれる子どもならいらない、と思うとしたら、その理由はなんだろう。人間の腹と機械の腹では、いったいなにが違うというのだろう。また、機械から生まれる子どもでもいい、と思うなら、それが容認された世界とは、いったいどんな世界だろう。簡単で安全に自分の子どもが持てる時代の到来。人類はとうとうそこまで到達したと、喜んでいいのだろうか。

 厚生科学審議会が代理出産を禁止している主な理由は、

代理懐胎は、人を専ら生殖の手段として扱い、また、第三者に多大な危険性を負わせるものであり、さらには、生まれてくる子の福祉の観点からも望ましいものとは言えないものである……

 らしい。
 では、代理ロボットなら、少なくとも上のふたつはクリアされるではないか。また、子どもは神が創ろうが、コウノトリが運んでこようが、機械で創られようが、人間は人間。ちゃんと育てる親がいるなら、出生なんてどうでもいい……ってな社会風潮が広まれば、福祉の面もクリアできるだろう。

 やはり問題なのは、「代理母が人間だから」ってことなのだと思う。ヒトを生殖マシンとしてはならないし、たとえ肉親でも命の危険を代行してはならない。

 とはいえ、おばあちゃんが、新しい命のために自分の命をかけて出産に挑む。その信念は理解できなくはない。娘はガンであるなら、子どもが産めなくなるという現実と共に、自分の命を失う危険も受け入れなければならない。だとすれば、母と共に命をかけて子孫を残す! という気持ちになってもしかたあるまい。身体的リスクがあることはわかっている。孫を産むのだから、決して借り腹=生殖の手段とは思っていない。自己責任でなぜいけない? なぜ、この国では認めてもらえない? たぶん、当事者は苛立っているだろう。

 が、自分たちの行為が他人に与える影響を考えてみただろうか。子どもが産めない娘から、「お母さんも私の子どもを産んで」と頼まれたら、断れないおばあちゃんだって出てくるかも知れない。

 その点、代理母ロボットなら、そんな心配はない! 日本はその開発に急ぐべき……って、本当はそんな問題じゃないですよな。

 

投稿者 かめちゃん : October 16, 2006 12:13 PM

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