MENU
カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

« オヒョイさん生活(?) | メイン | 著作権って…… »

2006年11月01日

中学時代の友人と会って

2006-11-01.gif
 今週日曜日、十数年ぶりに中学時代の友人3人と会った(ひとりはそれこそ二十年ぶりか?)街中で会ってもたぶんわからないぐらい、イメージが変わっていた。でも不思議なことに、話し始めるとすぐ、昔のイメージに上書きされる。といっても、内面だけ……。

 とはいえ、話す内容は昔とは違う。中学校という、小さな校舎で繰り広げられる出来事が人生のすべて! みたいに思い悩んでいたあの頃を振り返ると「純粋だったよなぁ」とつくづく。いま思えは本当に小さな世界である。
 
 いまも学校内のいじめ問題がクローズアップされているけれど、昔からずっと、いじめはある。あからさまないじめをするのは特定のグループの数人なんだけれど、クラスや学年全体で、そのいじめられっ子をさける(無視する)態度が生まれるのだ。その空気がなんともいえず、陰険だ。ちなみに先生は知ってか知らずかノータッチ。こっちも期待はしていなかった。

 中学時代の自分のポジションは、いじめっ子ともいじめられっ子とも、友人とまではいかないが、無視はせず、席が近くになれば普通に話す、という程度。いじめっ子に「なんでいじめるの?」と聞いても、答えは返ってこなかったし、いじめられっ子と遊んでも、なにが原因なのかわからなかった。
 ただ、わかっているのは「人間は集団の中にあると、たちまちズルくなる」ということだけだ。いじめっ子集団のことじゃない。いじめっ子を止めることもできず、いじめられっ子と仲良くすることもできない第三者である「普通の生徒たちの集団」が一番罪なのだ。

 これは小学校で習ったことである。クラスのひとりがいじめられていたのを、そのときの担任が学級会で話題にした。そして、いじめっ子だけでなく、いじめられているの知っていながら、助けもせずに無視をした生徒も一緒に立たされたのだ。その中に自分もいた(というか、クラスのほとんど全員だった)。いじめがわかっていても、集団で無視すること。それがどれだけ個人を傷つけることなのか。自分は関係ないと思っている普通の生徒の態度がいちばん悪い。そのとき、クラスの全員が理解したと思う。

 なので、いじめをなくすには、いじめっ子やいじめられっ子を問題にするよりも、集団が作る残酷な空気に抗い、中和する力を持つ普通の生徒(個人)を増やせばいいことだとずっと思っている。たいしたことではなく、いじめっ子、いじめられっ子問わず、誰とも中立につきあえばいいことだ。「仲間」という空気に同化し、無責任に振舞えるような、特定の群れを作らずに(って、それが難しいのかも知れないが)。

 さて、久々に再会した大人になった中学生4人……だけど、そんな中学時代の話題なんてほとんどでない。なにしろ、同じクラスだったのはそのうちのひとりだけだし(それも1学年だけ)、あとは…………あれ? なんで仲良かったんだろう? (仲良かったっけ?)

 まあ、それはそれ。それぞれの近況を笑い転げながら話しているうちに、ふと、独身でアルバイト生活をしているひとりが「将来の不安」を口にした。さまざまな習い事をして技術をみがいてはいるようだが、仕事には結びつかないようである。もうひとり、離婚して派遣で仕事をしている友人も同じく不安そう。社員になる道はあるようだが、社員のノルマがきついようで、躊躇しているらしい。もうひとりはひとつの会社で専門職12年……というベテランなので、あまり将来の不安はなさそうである(結婚して旦那も稼いでいるし)。

 大人になれば、大人になったで心配事はあるものだ。でも、それもきっと20年後の未来から見れば、小さな世界のことだと思うだろう(いま、中学生だった自分を思い返すように)。将来に不安はないのかと聞かれれば、もちろん、いまの基準で予想すれば、とうぜん不安だらけである。でもまぁ、それは確約された未来ではない。
「15年後にまた会おうね!」
 といって、別れた4人(あっさりしてます)。さて、どんな未来で会えるのやら。

投稿者 かめちゃん : November 1, 2006 02:23 PM

コメント


コメント用ボックス

コメントをお寄せくださる際は、お名前(必須)、メールアドレス(必須)、URLをご記入ください。




保存しますか?