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カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

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2006年12月28日

体調激不良!……で

2006-12-28.gif たいへん、ご無沙汰です。便り(更新)のないのは元気の証拠……じゃな~い。エライ目にあってました。しかもクリスマス・イヴの夜から。
 エライ目……といっても、ひとさまに言わせれば「なぁ~んだ、そのぐらい」なのでしょうが、本人は「死ぬかも!」と思うぐらい痛くて苦しかったんです! まだ、回復途中ですが、いまはもう痛くも苦しくもないので、ようやく「日記でも更新するか」と思えるようになったわけで……。

 やっぱり、あれがいけなかったのでしょう。
「クリスマスって、ほんとうはイエス・キリストの降誕日じゃなくて、ミトラス教のミトラ神の降誕日なんだよね。キリスト教会はパクッたわけで……だから、ミトラ神にかんぱ~い!!」
 と、シャンパンをあけてグビグビ飲んでしまった。で、その2時間後……急激な腹痛が。

「あれ? おなか壊した?」
 なんてのんきに思ってトイレに行ったら、いきなり激痛! なのになかなか出てくれない。ようやく下痢っぽく下したら、血の海……。
「ぎゃーっ! 赤い下痢! 赤痢~っ!」と考えながらも、おなかが痛くて、痛くて、トイレから出るなり廊下に倒れこんで「痛い、痛い」とぎゃーぎゃーわめいた。
 が、その痛みも15分後には治まり、「こりゃ、さっさと寝よう」とふとんへ。熱をはかってみたが、これは平熱。「赤痢じゃなさそう……」と思いつつも、3時頃、悪夢ふたたび。またまた、トイレに駆け込み、「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 血が出てる、血がーっ!」とぎゃーぎゃーわめく。
 さすがに、これはヤバイ……と夜間救急の病院までタクシーで駆け込んだ(明日仕事のculiも巻き込んで)。

 夜間救急なのに、けっこう各専門の先生がそろっていて、次々にやってくる急患の面倒をみている。
「うわ……昼間のちっこい病院と変わらないじゃん。これじゃあ、待たされるかなぁ……」と思いつつも、5分も待つことなく診察室へ。担当は感じのいい若い先生(わーい)。狭い診療ベットに横になるなり、指になんか器具つけられて、反対の腕には血圧計。その後すぐに血液とられて、触診、エコー検査とまな板の鯉状態で、検査はちゃくちゃくと進む。
 カーテン隔てたとなりのベッドには若い女性が運びこまれ、「腸炎です。点滴しましょう。3日間、会社は休んで安静にしていてください」などといわれている。
 そういえば、タクシーの運転手さんが、「いま、ノロウイルスもはやっているけど、腸炎もはやってるんだよね」と言っていたっけ……と思っていたら、感じのいい若い先生が、血液検査の結果をもってやってきた。
「たぶん、ウイルス性の腸炎でしょう」
 やっぱり。でも、「ウイルスで下血しますかっ?」
「うーん、それだけではしないけどね」
 じゃあ、違うじゃん! と思いつつも、先生はほがらかに続ける。
「白血球はあがっているけど、炎症を示す数値は低いし、脱水症状もないので点滴は必要ないでしょう。とりあえず、整腸剤をだしておきます。もし、何日も症状が治まらなければ、近所の病院でいいので診てもらってください」
 はあ……それだけ? めちゃくちゃ痛くて、下血してるのに????(ちなみに痔ではありません)。でも、下痢は治まって痛みもないので、これ以上、病院にいる必要もない……ってことで、帰ってきました。

 翌日、調子は戻らないので(朝、やっぱり激痛伴う腹痛をおこして下血した)、近所の胃腸科の病院へ。が、ここでも「うーん、詳しい検査(内視鏡)しないと原因は特定できないけど、もう少し様子をみてみたら?」と軽い扱い。
 痛くて苦しいのに、なんでもっと親身になってくれないの~っ! と思いつつも、まあ、内視鏡検査はイヤだから、数日様子をみることにした。

 で、その間ほとんど断食状態(スポーツドリンクとウイダーインゼリーとお茶とジュース、おかゆを少々)で、過ごしてきたのだが……なんだか治ってきた感じ。下痢してないし、血も「出てる?」とわかんない感じになってきたし、そもそもおなかが痛くない。
 確かに医者のいうとおり「もう少し様子をみてみたら?」が正解だったのかなぁ……と思いつつも、まだ油断はできません。寝ている間にいろんな病気を調べていたら、腸の病気には難病も多いし、しかも、たいてい入院治療。怖いよ~。

 あ、そうそう、ちゃんと訂正しておこう。
 ごめんなさ~い、クリスマスはキリスト降誕を祝う日です!(…………いまはね)。
 
 ちなみに、寝ているだけでは暇なのでダン・ブラウンの『天使と悪魔』を一気読みしていた。そしたら、ここでも「クリスマスは本当は太陽を祝う古代の異教の祭日で……」などとの記述があった。なんだかな……。

投稿者 かめちゃん : 12:13 PM | コメント (1)

2006年12月15日

今年の師走

2006-12-15.gif さて……大掃除の季節です。毎年、大掃除も年賀状書きも年が明けてから! という怠惰な生活を送ってきましたが、今年は違うっ! 掃除してます。年賀状もすでに準備してあります。おおっ、すばらしい!(ってそれが普通なんだが)

 なんで今年は早いのか。
 年賀状の場合……印刷を写真屋に頼んだから。写真屋のオーダー締め切りは12日までと早いのである。
 昨年まで、印刷はウチのプリンターでやっていた。「いつでも作れる」という安心感。これが災いの元である。気がつけば「あ、年明けちゃったじゃん」となるのである。
 おまけに、必ずといっていいほど途中でインクが切れるのだ。このインク、カラーと黒の2本必要で、あわせて5000円以上もする。写真屋に頼むと、基本料金など取られてシャクではあるが、はがき代も含めて40枚程度で5000円ですむ。おまけにオンラインで発注可能。
 ってことで、今年はお店で年賀状! となると、急がねば。そのへんのモルを1匹調達して、そのへんの布とお盆を箪笥の上に乗っけて、ちょちょっと折り紙なんかを添えちゃって、デジカメでパチッ。Photoshopで挨拶文を入れ、JPEGで保存したら、そのままファイルをアップロード。あとは宅配便で届くのを待つだけ~である。で、もう届いた。「げっ! 画質が荒れてる……」けど、許容範囲かな。

 なんで今年は早いのか。
 大掃除の場合……culiが、会社の人に言われた。
「おまえ来年、大厄だぞ、お祓いに行け!」
 ……あ、そうなんだ。ってことは、今年は前厄? あー、だからあんなこともこんなことも……いやいや、そんなの迷信、迷信……と思いつつも気にはなる。そういえば、数年前、母から厄除けの箸をもらったっけなぁ~、子知らずなだけで、親はちゃんと厄除けしてくれていたんだなぁ~と思い返したりもする。

 いい年して常識知らずなのだが、日本の宗教はよくわからない。キリスト教(しかも異端)のほうがよっぽど詳しい。ってことで調べてみると、厄という概念は、そもそも陰陽師のものらしい。陰陽師といえば「おのれ晴明~!」と真田さんの顔……じゃなくて、陰陽師といえば、易者? 魔術師? 学者? ……いったいなに? とわけわからん。まあ、神道系だよなぁ……でも、厄除けにはお寺さんで護摩焚いてもらってお札もらって……じゃなかったっけ?
 護摩……ごま……ゴマってなんだ? と辞書をひけば、

【護摩】密教で、不動明王・愛染明王などを本尊とし、その前に作った護摩壇で護摩木を焚いて仏に祈る行法。木は人の悩みや災難を、火は智慧や真理を表す。息災・増益・降伏(ごうぶく)などを祈願する。

 火といえばゾロアスター教……じゃなくて、やっぱりお寺さんである。が、神社でも護摩は焚かずとも厄除け祈祷はしてくれるらしい。
 ふーん、で、寺と神社、どっちに行けばいい? もらったお札はどこに置く? ……とこれまた調べてみたら、どっちでもいい! どちらでもらったお札も、神棚、仏壇、どっちに置いてもいい! んな、いい加減な。神様の札も仏様の札もどっちも共通パスネットですか。ま、仲良くていいか。

 では、仏壇を用意するのは縁起でもないので、神棚でも作ってみるか。 作るとしたらやっぱり、和室だよなぁ……ってことで、和室の棚をちょこっと移動。その棚を解体してリビングに持ってきて……などとあれこれいじくりまわしていたら、そのまま大掃除になってしまった! で、いまも掃除真っ最中なのである。

 ちなみに洋室のリビングには、ロシア正教のイコンとギリシア正教のイコンとカトリックの十字架(キリスト様つき)とお地蔵様と七福神とかめちゃんの遺骨が祭られている(……いいのかそれで?)

投稿者 かめちゃん : 12:58 PM | コメント (0)

2006年12月04日

DVD鑑賞『ブレイブ・ストーリー』

2006-12-4.gif「『ゲド戦記』はちょっとね……」と渋い反応だった友人が「あっちはおもしろかったよ。なんか感動しちゃったもん」とほめていたアニメ映画『ブレイブ・ストーリー』をDVDで観た。原作は宮部みゆき氏。いうまでもなく、超売れっ子作家である。……が、1冊も読んだことがない。ってことで、この原作も読んでいないので、あくまで映画だけの感想です……が……

 感想………………ええっと……え~…え~…え~…………「RPGゲームの、なが~いプロモーションビデオみたいです。ははは」
 つまり、うすっぺらい! なんでこんなにうすいのよ、話が!(映像はきれいだった)。

 友人は最後のシーンで感動したようだけど、あれって、(以下、観てない人にはわからないコメント&ネタバレですみませんが)、けっきょく、ミツルくんはゲーム(旅)をやり直させてもらい、今度はワタルくんのような考え方で進め、なんとか女神さまにたどりつき、願いをかなえてもらって現実に戻ってきた……としか解釈できなかったんですけど~(妹、生き返っていたもんね)。

 だとすると、感動どころかブラックメッセージである。主人公のワタルくんの出した答えは、「運命は変えることができない。ならば、どんなに辛い運命でも自分の運命として受け入れ、未来の運命を変えていく(努力をする)」ってな青少年教育にうってつけの(?)美しいメッセージだった。
 が、ミツルくんがラストで戻ってきた(かのような)シーンを入れたせいで、このメッセージ、台無しである。

 たぶん映画のラスト描写の後、ミツルくんはワタルくんに、こう言って微笑んだに違いない。
「君のおかげで攻略法がわかったよ。妹も助けられたし、ヴィジョンも壊さずにすんだ」……と。
 ワタルくんはミツルくんの答えを聞いて、なんと答えるだろう。

 攻略法はたぶんひとつじゃなかったんだろう。少なくとも映画では、「かなえられない願いはない」とは言っていない。「かなえてあげられる願いはひとつだけ」と数の限定をしているに過ぎない。ならば、「いまの記憶を持ったまま、事件が起きる前まで時間を戻す」ということだってできるかもしれない。時間が戻り、事件を未然に防げれば、そもそもヴィジョンに行くこともないし、その世界が壊れることもない。まあ、そんなズルはきいてもらえないんだろうけれど。

 あるいは、ミツルくんは、こういって微笑むかも知れない。
「ヴィジョンっていう世界はね、やっぱりヴィジョン(幻影)なんだよ。だって初めからやり直しさせてもらえたんだから。だからね、たとえ街を破壊しても、リセットすれば何度でも現われる映像みたいなもんなんだ。あの世界の住民は、ただの影。ゲームの登場人物と同じさ。だから、殺したって罪悪感を感じる必要はなかったんだ。君はね、感情移入しすぎたんだよ」
 さて、この答えには、ワタルくんはどう答えるだろう。

 もし、この映画を観て、RPGゲームでモンスターを殺すことにためらいを覚えるようになった子どもがいたとしたら、この映画もたいしたものだな、と思えなくもない。だけど、たいていの子どもは、こういって笑うだろう。
「ヴァーチャルなんだから、殺したっていいんだよ。いくら殺してもまた復活するんだし」

 この感覚は、はるか昔のローマ帝政時代、「奴隷や獣なら殺しあったっていいんだよ」と喜んで死闘ゲームを見物していた人々と、どう違うのだろう。ヴァーチャルな映像は生きてない。でも奴隷や獣は生きている。それは古代と現代の意識の違いに過ぎない。古代ローマ市民ならいうだろう。
「奴隷や獣なんだから、殺したっていいんだよ。いくら殺してもまた復活する(替わりの奴隷や獣が出てくる)んだし」

 どうやら、原作のラストは映画とは違うらしい。原作にはミツルくんは復活しないのだろうか? ……だとしても、あまり読む気はしないなぁ。

 

投稿者 かめちゃん : 05:00 PM | コメント (0)