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カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

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2006年05月22日

アリが!

2006-05-22.gif 数日前から、アリがちょこちょこ家になだれ込んできている。以前も一度あったのだが、そのときは侵入場所に殺虫剤をふきかけ、家に入り込んだアリはことごとく掃除機で吸い込むことで食い止めた。が、できれば化学物質の殺虫剤は使いたくはないし、むやみに殺したくもない。で、別の方法で追い出すことはできないものか……とネットで調べてみたら、ハーブオイルで家への侵入を食い止められるという情報を拾った。

 数件のサイトから得た情報では、アリに効くハーブは、ペパーミント、スペアミント、タンジー、ペニーロイヤル、ラベンダー、レモンetc.……ばらばらじゃん。うーん、どれが本当に効くのやら。とりあえず、ウチにあるオイルランプ用ハーブオイルを調べてみると、ローズとベルガモットの2種類。どちらも買ったっきり、ほとんど使っていなかった。が、どちらも、アリに効くという情報はなし……。

 とはいえ、試してみて損はない。ローズは甘すぎて絶対、効きそうにないので、柑橘系のベルガモットで実験。ミネラルウォーターにベルガモットオイルを十数敵たらしてスプレーボトルに入れる。で、アリの通り道にふきかけてみたら……驚いて逃げていく。「おっ? 効くか?」と一瞬思ったけれど、それは単に水に驚いただけだよなぁ……。
 とりあえず、そのオイル水で床をぞうきんがけ。めちゃくちゃいい香り~。効いても効かなくても、ハーブのオイルで掃除するのはいいかも!

 で、アリはどうなるかは……、明日ご報告(たぶん)。

投稿者 かめちゃん : 12:57 PM | コメント (0)

2006年05月21日

急な病気

2006-05-21.gif 昔、『プリンセスメーカー2』というゲームにはまった。10歳の少女を18歳まで育てるゲームで、どのような教育を行うかで、成長した少女の未来(エンディング)が決まるのだ。そのエンディングの種類が膨大で、教育方針を変えては何度もやった。そのうちパターンがわかってきて、飽きてしまったが。
 で、病気になってダウンすると、そのゲームを思い出す。ゲーム中、少女も病気になることがあるのだが、その間(1週間)なにもできずに、せっかく鍛えて溜めた能力の数値が下がってしまう。病気にならないように、ストレスの調整もしなければならないのだ。

 昨日、突然、胃に激痛が走り、熱が38度まであがり、ビタインゼリーとミネラルウォーターと野菜ジュースしかとれないという状態に陥った。パソコンに向かうこともできなければ、本を読むことすらできない。先週、音楽会にいったときに、風邪をもらってきたか? と思いつつ、そのゲームを思い出したわけだ。ああ、せっかくの土曜日なのに、外は快晴なのに、なにもできない。せっかく鍛えて溜めた能力の数値が下がってしまう~(あ、鍛えてないや)。

 で、けっきょく、まる1日寝ていたのだが、唯一、テレビだけはなんとか観れた。で、夜、『ダ・ヴィンチ・コード』に関する特番をやっていたのだが……なんですか、この作りは。以前、ナショナルジオグラフィックチャンネルでもダ・ヴィンチ・コードの特集をやっていたのだが、「こういう説もある」というあくまで一説に過ぎないというスタンスは崩していなかった。が、昨日観た民放の特番は、この説が正しいような決め付けがみられ、観ていて不愉快になってしまった(キリスト教徒じゃないんですけどね)。ドキュメンタリーではなくエンターティメント番組だから、少々、誇張した一方的な作りでもいいのかもしれないけれど、宗教的なネタは、もう少し配慮しないと……と思うのだが。
 このような特番だけでなく、映画でもこれが真実と鵜呑みにしてしまう人が出てくるのだろう。それを心配してか、世界では上映を禁止する地域まで出てきているらしい。これは異端の一説なのだから、そんな大騒ぎしなくても……と思うのだが、やっぱり不愉快なんだろう。日本のキリスト教会はどう思っているんだろうか(上映禁止を叫ぶとは思えないが)。
 
 なんて日記を書いていたら、また気分が悪くなってきた~。今日もおとなしくしているか。

投稿者 かめちゃん : 01:19 PM | コメント (0)

2006年05月18日

映画鑑賞『パッション(2004)』

2006-05-18.gif 子どもの頃、なんの映画かは忘れてしまったが、イエスが十字架に架けられるときの手足釘打ちシーンをまともに見てしまいトラウマになった。あれは痛い。痛いってもんじゃない。あれ以上の拷問は絶対ない。
 そんなととは露知らず(?)、culiが『パッション(2004)』を借りてきた。この映画、イエス最後の12時間……文字通りの「キリストの受難」を描いた作品で、ローマ教皇お墨付き、ユダヤ人猛反発、信者がショック死したという欧米ではずいぶん騒がれた作品である。

「いやだ~、釘打ちはいやだ~」と思いつつ、観た(釘打ちシーンだけはパスしたが)。まあ、とにかく残酷なこと。釘打ちだけじゃなく、その前の鞭(カギがついてるぅ~!)打ちも酷い。それにしても、群集っていうのは怖い。狂気にかられたローマ兵も怖い。人間、ここまで醜く残酷になれるものなのか……ってなれるんだよな、歴史をみれば。
 ってことで、イエスはそんな残酷さも含めた人間の罪をひとりで背負って、恐ろしい拷問にかけられ処刑されたというわけだが、それなのになぜ、イエスの死後も延々、人間の残酷な行為はやまないの? とキリスト教徒ではないので、その辺の解釈がさっぱりわからない。

 まあ、死後のことはおいといて、この映画、キリストの受難=映画を見ている人々の受難である。ともかく、イエスが痛みにもだえ苦しみながら死んでいく姿は「やめてくれ~」と映写機を止めたくなるほど酷いのだ。それを最後まで見守る二人のマリアの苦痛を感じ取るのも辛い。
 が、イエスの教えを守るなら、執拗までに暴行を加えるローマ兵にも、罵声をあびせ、あざ笑うユダヤの群集にも、愛をもって報いなければならない。敵や迫害する者には、より深い愛を与えなければならないのだから、彼らに憎しみや復讐心を募らせるなんて、もってのほかである。
 ……のはずなのに、どうしてキリスト教徒は敵を憎んで戦争をいまでもしかけるんでしょうか? とキリスト教徒ではないので、その辺の解釈もさっぱりわからない。
 まあ、あんな目にあっても、迫害する者のために祈るイエスは偉大……といえば偉大ですな。

投稿者 かめちゃん : 01:03 PM | コメント (0)

2006年05月17日

『デスノート』と『不思議な少年』

2006-05-17.gif マーク・トゥエインの晩年の作品に『不思議な少年』というのがある(といっても、彼の没後、編集者が三本の遺稿をもとに手を加えてまとめたものらしいが)。この物語、彼の代表作『トムソーヤの冒険』のノリを期待して読んだら、奈落の底に突き落とされる。ピュアで多感な子どもが読んだら、人生を達観するかひねくれるか、あるいは途中で気分を害して放り投げる……だろう。なにしろ、痛烈な人間批判に満ちており、その根底には、ニーチェの影響? と思われる虚無主義的な思想とアンチクリスト精神が横たわっているのだ。もちろん、子供向けの物語なのだが。
 
 2月頃からハマっていた漫画『デスノート』(週刊少年ジャンプ掲載)がようやく最終回を迎えた。やれやれ、これでもう『ジャンプ』を買うこともあるまい。なんで本誌に手を出すまでハマってしまったかなぁ……と、自分でも不思議に思っていたのだが、その理由がラストの3、4話にきてようやくわかった気がした。これ、同じ匂いがするのだ――『不思議な少年』と。

『不思議な少年』は、美しい少年の姿をしたサタンという名の天使(実体は、なんでもできちゃう全知全能の予定説に立つ神そのもの)が、人間の善悪の概念をこてんぱんに破壊したあげくに「本当はね、天国も地獄もないんだよ」と言って去っていく物語である(簡単すぎだが)。
 この「天国も地獄もない」というセリフ、『デスノート』の死神リュークも同じようにのたまっている。リュークはサタンくんとはぜんぜんキャラも役割も違うけれど、立場は同じ神の位置。なるほどね……。『デスノート』の作者に会ったら(会うわけないが)「ニーチェ好きでしょ?」と聞いてみたい。

『不思議な少年』の徹底した人間批判は、サタンくんの言葉によって展開される。その中心にある思想は、人間の良心(道徳的に正邪・善悪を判断する意識)が、愚かな争い(戦争)や偏見、差別を生む源ということである。が、『デスノート』では、説教じみた発言はほとんど出てこない(それこそラストの数話でちょろっと)。とはいえ、やはりこの物語も、人間の良心を攻撃している……と読めるのだ。

 絶対主義の月くんvs相対主義のニア。作者はどちらにも誘導しない。読者は「どちらが正義なのか?」を自分の良心によって判断して読み進めることになる。そして、リュークの初期のセリフ――デスノートを使った人間は、天国にも地獄にもいけない――から、「デスノートを使った人間は地獄よりもひどい世界に行くのだろう」などと、読者はこれまた自分の良心に従って予想を立てることになる。

 それなのに……である。
 物語のラストで「天国も地獄もない。生前に何をしようと、死は平等。行き着く先は無である」と、突然、読者を「虚無主義(良心否定)の世界へようこそ~」と、突き落とすのだ。さらに、最終話では、追い討ちをかけるように「良心とは願望によって捻じ曲げられるもの」であり「宗教なんて虚しいもの」であることを、ずっと白だった(殺人には手を染めていない)ニアを黒にして(推定無罪だが)、悪として滅んだ月を心優しき弱者たち(女性や母親の姿で描かれている)の救世主として描くことで、読者の良心を混乱させてしまう(ちなみに『不思議な少年』のサタンくんも、天国や地獄があるような思わせぶりをしておきながら、最後に「そんなものないよ」と突き落としている)。

 ってことで、「やばいなぁ、ピュアで多感な子どもが読んだら、人生を達観するかひねくれるかするんじゃないか?」と思ったのだが、そんなことはないようだ。『デスノート』は、ストーリー展開がスリリングなのでそちらに引っ張られるし、深読みするには情報が不十分だ。
 ブログで感想を拾い読みしてみると、議論になっているのは「どちらが正義か?」という良心の範疇でのことだったり、伏線の「謎解き」の部分だったりである(それはそれでおもしろいが)。
 それにしても、意見も感想も賛否両論、てんでんばらばら……ここまで真っ二つに分かれる作品はそうそうあるまい。

 ただ懸念されるのは、(前にも書いたが)フィクションの設定(犯罪者を極刑にしていけば、犯罪も戦争もなくなるという幻想など)を現実に当てはめている人がまあ、多いこと。それこそ願望だと気づいてよ~……である。また、ラストのシーンは明らかに「宗教への皮肉だな」と読めるのだが、そうではなく「月も救世主になれて救われた=やはり彼のやったこと(悪人なら殺してもかまわない)は悪とはいいきれない」と解釈している人がこれまた多いこと。少しはひねくれて読んでよ~と、逆に心配してしまう。

 ある優生学を扱った本に「人間を高みに上げようとするならば(よりよい世界にするためならば)、悪に徹しなければならない」という言葉があった。要するに「よりよい世界にするためには、優秀な者ばかりの世界を創ればいい」→「優秀な者だけを残すためには、劣悪な者の排除はやむを得ない」→「これは悪だが、よりよい世界のためには必要だ」という考えだ。
 月のやったことはこれと同じ「悪」である。「悪じゃない」というのは問題外。ただ、必要悪かどうかが問題であり、もし、必要悪とするならば、行き着く先は(歴史に習えば)ファシズムである。

『不思議な少年』のサタンくんは、良心の下での殺戮を見ながら「何年たっても人間のやっていることは同じ」とせせら笑う。『デスノート』のリュークは、同じく良心の下での殺戮を見ながら「人間って面白」とおもしろがっている。
 ちなみに『不思議な少年』は、世界がファシズムに翻弄される前に書かれたものだ。

(山下和美氏が同タイトル『不思議な少年』の漫画を出している。マーク・トゥエインのサタンくんをモデルにした少年が出てくるけれど、こちらはまだ人間味がある)。

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投稿者 かめちゃん : 12:54 PM | コメント (0)

2006年05月15日

発表会の撮影

2006-05-15.gif 昨日は友人が教えているピアノと歌の生徒さんたちの発表会。で、前回同様、写真撮影を頼まれ……音楽を楽しむどころか、写真とりまくり~、会場内移動しまくり~でべらぼうに疲れた。なにしろ今回は、前回いたもうひとりのセミプロカメラマンには頼まなかったということで、写真担当はひとり。えーっ! こっちはド素人だというのに、失敗したらどうすんだ? と、プレッシャーかかりまくりである。

 現在メインで使っているカメラは、いまはなきMINOLTAのデジカメ(DIMAGE Z1)。画素数はそれほど高くないため、発表会などの舞台を撮るのはちょっと辛い。しかも、集合写真まで担当させられるわけだから……これはきつい。
 ってことで、急遽、十年ほど前まで使っていた、フィルム用の一眼レフカメラを引っ張り出してきた。レンズは35ミリ~105ミリのズームレンズ。が! これが動かない。で、もうひとつ、50ミリの単焦レンズがあったので、これで間に合うだろう……と、モルたちでテスト撮影してみてOK! と思ったのだが……。よくよく見ると、このレンズ、マクロレンズなのだ。
 忘れていた。花や虫を撮るために買ったレンズだった。でも、マクロレンズというのは、接写に威力を発揮するという強みをプラスしただけで、ちゃんと標準でも撮れる。とはいえ、不安はぬぐえない。集合写真……マクロレンズ特有のボケ~がかかっちゃったらどうしよう。そのときは、スキャンしてフォトショップで加工してごまかすか! いや、ボケちゃったらごまかせまい……。フィルム撮影は、現像してみないとデキがわからないから怖い。

 解散後、すぐにラボへ向かい、そのまま上がりを待ってから帰宅。出来上がってきた写真を見ると……やっぱり一眼レフはいい! デジカメで撮った写真より、色は鮮明、輪郭もシャープ……あ、つまり、マクロレンズでも難なく撮れました。
 ちなみに、フィルムはISO800の高感度フィルム。なのに、思ったほど荒くない。やっぱりカメラは一眼レフに限るよなぁ~……が、フィルム代と現像代だけで五千円以上も飛んでしまった! なにしろ舞台撮影では、いい表情をとらえるのがめちゃくちゃむずかしい。目を閉じちゃったりとか、しかめっ面になっちゃっていたりとか。で、シャッターをバカバカ押すはめになる。デジタルカメラとフィルム用カメラ2台で、合計何枚撮ったことか(デジタル=894枚、フィルム=96枚でした)。

 集合写真は大伸ばしにプリントして渡すつもりだが、ほかの写真は発表者ひとりに対して3~4枚セレクトし、雑誌風のアルバム(プログラム順に、曲名や名前、発表者のコメントも入れ、フォトショップでレイアウト加工する)に仕上げる。製本は帆風さんの「WebPrintXpress」サービスに頼むのだ。なので、これだけ撮っても実際に使う写真は50枚もない。
 ってことで、今週は、写真のセレクト、アルバム制作に費やされるか……。

投稿者 かめちゃん : 11:36 AM | コメント (2)