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カメちゃんのお出かけ帳

チームマイナス6パーセント

かめちゃんのBlog

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2006年05月12日

こんなサイト見つけた

2006-05-11.gif 調べものをしていたら、こんなサイトを見つけた。

 哲学者で心理学者(で音楽評論家!)のテオドール・アドルノ(1903-1969)が考案した権威主義の度合い「ファシズム尺度」(F尺度)を測定できるサイトである。「アドルノF尺度測定ページ」(http://cloudy9.fc2web.com/fscale.html)翻訳、プログラムは安楽直樹氏。 なんでも、30問の質問に答えれば、あなたの権威主義的傾向がわかるというもの。数値が高ければそれだけ権威に依存するタイプということのようだ。

 アドルノは、ナチスドイツに迫害されたユダヤ人。ナチズムは権威主義者が作り上げたものとして、亡命先のアメリカで権威主義の研究を行っていたそうな。このプログラムの作者も書いているけれど、ファシズム=権威主義的パーソナリティーとするのは、いささか短絡的。でも、権威主義は、自分ではものを考えない無責任主義なわけだから、その風潮が権力者を好き勝手にさせてしまう(あげくにファシズムまで突っ走る)ことはあるかも知れない。

 そういえば、その昔、エゴグラム(性格診断)がはやったなぁ……など思いつつ、やってみた……ら、こんな結果だった。

F尺度: 2.8(あなたは『自由主義者』です。自己中心的、相対主義、即時志向、感覚主義、快楽志向が特徴です)
因襲主義 中産階級の諸価値に対する執着 2.25
権威主義的従属 内集団の理想化された道徳的諸権威に対する無批判な態度 2.85…
権威主義的攻撃 因襲的な諸価値を侵犯しようとする人々を探し出し、非難し、拒絶し、処罰しようとする傾向性 2.125
反内省性 主情的で、想像力に富んだ、柔軟な考え方への敵対 3
迷信とステレオタイプ 個人の運命について神秘的な規定要因を肯定しようとする信念。固定したカテゴリーで考えようとする専有傾向 2.33…
権力と「剛直」 支配者-服従者、強者-弱者、指導者-追随者、という思考枠組みへの先入観。権力をもった人物への一体化。自我の因襲にとらわれた諸属性を過度に強調すること。 強さとタフネスについての誇張された主張。 2.75
破壊性とシニシズム 人間的なものに対する一般化された敵意と誹謗。 5.5
投影性 世の中には野蛮で、危険なことがらが横行していると信じたがる傾向。無意識の情緒的衝動の外界への投射。 3.2
性的「現象」についての誇張された関心 2

『自由主義者』……だそうで。自己中で快楽主義っていうのが「ええーっ!?」だが、それよりなにより「破壊性とシニシズム」が異様に高いのが気になる(6が最高なのに5.5って……)。言っておくが、どう考えても破壊的ではないし、シニシストでもないぞ! たぶん、【設問25】「国民生活が、政府首脳によってどれほど大きく支配されコントロールされているかという点について、大多数の人間は気付いていない」と【設問26】「人間の本質が今日のようなものである限り、常に戦争と対立は存在しつづけるであろう」に「賛成(強く)」を選んだからでしょうね。でも、そういうものと理解しているだけで、敵意を持っている(悪いと思っている)わけではないんですけど。

 まあ、この手のテストはネタにすぎない。学術的、統計的、科学的という「権威」を信じ込むのもまた危険なり(こういうテストは好きなんだけどね)。

投稿者 かめちゃん : 01:53 PM | コメント (1)

2006年05月10日

ファーストフードは肥満の原因?

2006-05-10.gif 健康は食事に左右される……と意識してからというもの、ファーストフード店にはほとんど行かなくなった(まったくではない)。ポテトフライとハンバーガーのほかにサラダをプラスすれば、まあまあバランスは取れるのかも知れないのだが、それだと結構な値段になったりするわけで……。

 さて、今日の「YOMIURI ONLINE」に、『「マックで子供が肥満」米ディズニーが契約解消』という記事があった。マック=米マクドナルド社である。日本でもそうだが、ここは子ども向けに、人気キャラクターのおもちゃをつけたりして販売を促進していたりする。そのせいかよくわからないが、昼間に訪れると、毎回「なんでこんなに子連れ客が多いのだ?」と驚いたものだ。育ちざかりの子どものお昼をファーストフード(たいてい、あまいシェークにハンバーガーとポテトだけ)ですませていいのかなぁ……と思ったりしていた。とはいえ、自分が子どもの時代も、昼間は焼きそばやインスタントラーメンだけで済ませていたりしたわけで、要は一日の食事のバランスの問題ではあるのだろうけれど。

 で、この記事。なんでもアメリカでは「子どもの肥満の原因として、ファストフード業界への批判が強まっている」そうで、子どもに夢と希望を提供するディズニーとしてはいただけないのだろう。確かに、現在のセットメニューをみれば、バランス悪っ! というものが多いのは否めない。けれど、選ぶのはあくまで客ではないか(アメリカのマックは、太るようなメニューしかないのだとすれば話は別だが)。

 だいたい、アメリカ人はカロリー高いものとりすぎ! なわけで、ファーストフードだけが悪者ではあるまい。が、これを気に「ファーストフードでもヘルシーなものを提供できますっ!」という姿勢が示されるなら、アメリカ人の食事に対する意識も変わってくるかもしれない(たぶん)。
 そういえば、どこかのファーストフード店(モスバーガーだっけ?)で、正真正銘のレタスバーガー(パンの代わりにレタスではさむ)っていうのがあった気がするのだが、あれはいまでもあるのだろうか?(考えてみれば、日本のファーストフードって、いろいろ工夫していてエライよなぁ)

 ファーストフードの便利さを思えば、需要が減ることはあるまい。もしもマックが、伝統的な「油こってり、牛肉どっさり、ケチャップたっぷり」のハンバーガー以外に、菜食主義者も食物アレルギー者もOKのヘルシーメニュー! を提供するようになったなら、業界のイメージは逆転するだろう。
 でも、しつこいけれど、選ぶのはあくまでも客……アメリカ人、とにかく食べすぎなんだってば。

投稿者 かめちゃん : 02:48 PM | コメント (0)

2006年05月08日

DVD鑑賞『ヒトラー~最後の12日間~』

2006-05-08.gif 遅ればせながら『ヒトラー ~最後の12日間~』をDVDで観た。原作はヨアヒム・フェストの『ヒトラー ~最後の12日間~』とトラウデル・ユンゲの『私はヒトラーの秘書だった』の二冊。監督はスタンフォード大学で行われた有名な心理実験を元に描いた『es(エス)』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。ちなみに『es』は観たくてしょうがないのだが、観ると神経が参りそうで、躊躇している。
 
 これまでもヒトラーを扱った映画やドラマは数本観た。チャップリンの『独裁者』(1940)、『アドルフの画集』(2002)、『ヒットラー』(2003)などなど。が、どれもアメリカやイギリスなど勝戦国が撮ったものだ。が、この映画は違う。ドイツ人、自らが、史実を元に客観的にヒトラーを描いた作品だ。しかも、撮影場所のひとつにサンクトペテルブルグを選び、多くのロシア人が、エキストラとして参加している。たとえれば、日本が終戦間際の軍司令部の崩壊劇を、韓国(あるいは中国)で撮影するってことになる。そんなこと、逆立ちしたってできやしない。
 この映画を観てまず思ったのは、現在のドイツと日本の違いだった。ドイツはまじめに過去に向き合い、未来を築く努力をしているというのに、日本はいつまでも、ぐずぐずとなにやってんだか。まったく幼稚で情けない(といって、自分でもなにもしていないわけだが)。

 さて、ヒトラーである。彼は世界史上、最悪の独裁者として誰もが認識しているところ。彼が行ってきた蛮行を知れば、許せるはずもない。が、ではなぜ、当時の人々(ドイツ国民)は、彼を熱狂的に支持したのだろうか。
 彼はまれにみる悪魔のような人物だったし、彼をとりまく側近はみな狂人。ドイツ国民はみんな洗脳されていた……ですまされれば、それほど楽なことはない。しかし残念ながら、彼は特殊な能力で人を操る悪魔でも狂人でもなく、普通の人間だった。この映画が描きたかったテーマのひとつは、この世界で起きる悲劇はみんな(自分と同じ)人間が起しているという事実をつきつけることだろう。独裁者や犯罪者を我々とは違う特異な人物として排除していては、いつかまた同じことを繰り返す。

 そしてもうひとつのテーマは、たぶん「知りませんでした……では、済まされない」ということだろう。「知らない」ということは法的には罪ではないけれど、決して許されることではない。確かに、いい訳にはなるだろうけれど、それはなんの救いにもならないのだ。
 秘書だったユンゲの目から見れば、ヒトラーは紳士的で魅力的な人物だった。彼女は決して愚かな女性ではない。ごく普通の22歳、むしろ聡明な女性だったろう。そんな彼女は、当時のドイツ国民の一般人代表ともいえる。彼女は、なんの疑いもなく、当時の政府を信じ、その元で働けることを誇りにしていた。
 が、そんな彼女も、戦後、彼らが行ってきた蛮行を知り「騙されていた」と態度を変える。自分は知らなかった、自分には関係がないと、ずっとそう考えてきたという。たぶん、ドイツ国民の多くも、彼女と同じく自分たちには関係がない、むしろ被害者だという意識があったと思う。しかし、彼女は晩年、その態度は誤りだと気づいた。
「若かったというのは言い訳にならない。目を見開いていれば気づけたはず」
 これは、映画の最後でユンゲ本人が出てきて、反省と警告を込めて言った言葉である。その言葉の裏には、彼女が秘書になった年、同じ年齢の若い女性(反ナチスの非暴力レジスタンス「白いバラ」のゾフィー・ショルのこと)が、反戦ビラを配ったかどで逮捕され、処刑された事実があった。自分と彼女の違いはどこにあったのか……ユンゲは深く考えたに違いない。

 カリスマのある人物……とまではいかなくても、信頼できる(あるいは好きな)人物の元にいると、自分で考えることをやめ、その人物の言動に従ってしまいがちになる。そのほうが楽だし、なにかあったときには、責任をとる必要がないからだ。そして一番やっかいなのは「この人が言っていることだから」と、まず、この人ありきになってしまうことだろう。同じ言動をしていても、好きな人の言葉なら賛成だけど、嫌いな人の言葉なら反対するという矛盾も平気になってしまう。
「信じる前に、必ず、その反対の意見にも耳を貸すこと」「真実なんて豆腐の裏表(=上を向いたほうが表=場合によってコロコロ変わる)」と、昔、父親から、しつこいぐらいに説教された。戦争を知っている世代だからこそ、盲目的に信じ込むことは危険であり、馬鹿馬鹿しいことだと言いたかったのだろう。
「目を見開いていれば気づけたはず」……いまでいうなら、メディアの情報、有識者といわれる人々のコメントを鵜呑みにせず、たえず反証の可能性を自分で考え答えを出していく……難しいし、面倒なことだけれど、そうしなければ、あの時代を繰り返す……重い課題である。

 小、中学生の頃、年に1度か2度の割合で、学校の講堂で映画を観た記憶があるのだが、いまもやっているのだろうか。もし、やっているのなら、この映画は、学校で上映するのにふさわしいと思う。とはいえドイツでは、ヒトラーを正当化したり同情したりする危険があるという理由から、高校生以上でなければ見られない映画に指定されているとか。個人的にはそうかな~? と疑うけれど、そのあたりの規制も、日本はユルユルなせいでしょうか。(しつこいけど)、殺人しまくりの『デスノート』が少年誌に載っている国ですからねぇ……。

投稿者 かめちゃん : 02:05 PM | コメント (0)

2006年05月06日

2006年版レッドリスト

2006-05-06.gif ウチの裏には川がある。かなり濁っていて、とても川辺に下りて遊びたい……という気にはなれない。夏になると、魚が腐ったような臭いが漂ってきたりもする。が、この春は、サギやカモ、それに種類のわからない水鳥の姿をよく見かける。昨年、旧い土手を外す工事が行われ、土がむき出しになっている場所(魚が卵を産む場所)が増えたせいだろうか。そのため最近は、今日はどんな鳥がきているかな……と川を眺めるのが楽しみになっている(カラスがいるとゲッ!と思うが)。

 今月初め、2006年版の「レッドリスト」が公表されたというニュースがあった。とうとう、絶滅危惧種に、ホッキョクグマがエントリーしたようだ。生息数は、今後45年間で少なくとも30%減少するという。また、カバも初めてリストに載ったらしい。ホッキョクグマの減少の主な原因は、環境の変化といえるだろうけれど、カバのほうは、乱獲である。生息地であるコンゴ民主共和国の政治的混乱による乱獲(食用や牙が目当て)で、この10年間でなんと95%も減ったらしい。
 ホッキョクグマもカバも、動物園で馴染みの動物。知っている動物が絶滅に瀕していると聞くと、なんともいえない寂しさを感じるものだが、実際は、それだけじゃない。今回、リストアップされた絶滅危惧種は1万6119種。その数は、年々増えている。
 
 都会に住んでいると、出会う動植物の数はたかが知れている。だからこそ(?)、いままでいなかった鳥が飛んできたりすると、うれしいものである。この地域=神奈川県でも、独自の「レッドデータブック」は作成されている(古いけど)。そのリストの絶滅危惧種には、哺乳類では「ツキノワグマ」「スナメリ」「モモンガ」「ヤマネ」の名前があがっている。両生類では、「イモリ」「トウキョウサンショウウオ」「トノサマガエル」。植物になると、絶滅危惧種よりもすでに絶滅した種類の名前が目立つ。

 生物は絶滅していくばかりで、新しい種が生まれることはないんだろうか? とうんざりしてしまう。あ、ウイルスはどんどん新しい種が生まれているか(って、それはイヤ~ッ!)

投稿者 かめちゃん : 12:14 PM | コメント (0)

2006年05月05日

GWなのに

2006-05-05.gif 世の中はGW。が! ウチにはモルモットが4匹もいるため(しかもそのうち1匹は病気)、外泊はできない。ってことで、前にも書いたように、GWは家の掃除! なのだがこれも一向に進まず。なにやってんだろ……って、本と漫画を読んでいる(嗚呼、いつもと変わらぬ風景)。

 図書館から優生学に関する本を数冊、借りてきている。なんで今頃……と思うかも知れないが、これまた『デスノート』関連の掲示板で、「この世の中には、確かに死んだほうがいいヤツはいる」という発言が目立っていたからだ。そもそも「社会的に害のある者」とか「社会的に不要な者」という発言が平然となされる根底には、優生学的思考が人々の中に根強くあるからだろうと思うのだ。そうでなくとも「勝ち組、負け組」「下流社会」などといった社会的な差別意識の広がりにも、優生学的な匂いを感じている。また、今後の遺伝子学の発達が「ダーヴィン進化論」のような働きをする(優生思想の裏づけに利用される)のではないか? とも思われる。ってことで、気になったので借りてきたのだ。が、まだ読んでいる途中なので、その話は後日。

 ちなみに『デスノート』の新刊(11巻)も読んだ。とにかくこの話は人が山のように死ぬ。が、この巻は、その描写が一番、少ないかも知れない。とはいえ、ノートにはおびただしい人の名前が書かれているので(ノートに名前を書かれると死ぬ設定です)、死の描写がないだけで、ストーリーの裏側では、もの凄い数の殺人が行われているのである。それを想像せずに、平然と読んでいる……というのが実は怖い。
 その感覚は、まるで阪神淡路大震災や、9.11、あるいは尼崎の電車事故の映像を見ているときに感じた異様な感覚と同じである。燃え上がる街、崩れ去るツィンタワー、破壊された車両の様子を、お茶の間で平然と見てしまう。中でどんなことが起きているのか、想像できないのだ。まるで映画を見ているような……という非現実感。たとえ現実であっても、当事者以外には、漫画や映画と同じ非現実でしかない……というのが現実である。非現実のような現実に、生きた現実感を伴わせるためには、知識と想像力が不可欠になる。

『デスノート』は漫画なので、もともと非現実感を味わうためのものではあるけれど、妙に現実と近い設定になっているため、現実に照らし合わせた(善悪論などの)論争が起きてしまう。議論するのはいいことなんだけど(読んでいると面白い)、「現実」と「非現実」の違いがわかっていない人が少なからずいるのも確か。現実のような非現実を、非現実だとわきまえるためにも、知識と想像力が不可欠となる。

 ともあれ、今の世の中、現実は非現実に感じられ、非現実的なことは現実と捉えてしまうことがある。ちなみにいま流行りの『ダ・ヴィンチ・コード』に書かれていることって、真実なわけ?(ってね)。
 あ、流行っていえば、ベストセラーの上位にいるラノベ『涼宮ハルヒ』シリーズって、あれなに? と好奇心で1冊買ってみちゃったけど……つまらないので、途中で投げた。

投稿者 かめちゃん : 03:52 PM | コメント (0)